『タトゥイーン・ゴースト(上・下)』〈レイアを導く者たち〉【レジェンズ小説】

レジェンズ小説
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SWは一貫して「選択」をめぐる物語であり、登場人物たちの運命は「与えられたもの」ではなく「選び取ったもの」によって左右されます。例えば「大罪人の息子」として生まれた青年は自らの選択によって光の側に踏みとどまり、かつて「選ばれし者」として生を受けながら自らの選択によって闇に堕ちた父に、再び光へと昇る道を選択させるに至りました。

しかし大団円で幕を閉じたSW物語において、未だ自らの「与えられたもの」との折り合いをつけられていない人物も存在します。ルークの妹にしてアナキンの娘であるレイアがその代表的登場人物でしょう。本作は「ダース・ベイダーの娘」という呪われた血筋に恐れおののく彼女がついに自らの「与えられたもの」と対峙する姿が描かれるのです。

あらすじ:失われた名画と呪われた血

物語は一枚の名画から始まります。『キリック・トワイライト』と名付けられたその絵はかつて〈デス・スター〉の犠牲となったオルデランが誇る珠玉の名画であり、その美的価値は計り知れないほど。オルデランの滅亡とともにこの世から消滅したと思われていたその名画が、なんと辺境の地タトゥイーンでオークションにかけられるというのです。失われた故郷が誇る文化遺産を取り戻すため、レイアは晴れて夫となったハンを伴い因縁深いタトゥイーンへと向かいます。

しかし彼女が名画を取り戻したいのは単に故郷への郷愁のためでも、文化財の保護のためでもなく、未だ熾烈を極める帝国との戦いの趨勢を、そして多くの新共和国エージェントたちの命を左右しかねないある「秘密」を守るためだったのでした・・・。

本作は時系列としてはハンとレイアの「駆け落ち」を描いたレジェンズ小説『レイアへの求婚』直後の物語であり、映画本編完結から約4年が経ち「政略結婚」のためにレイアを利用しようとした新共和国政府に憤懣やるかたないハンは将軍のポストを投げ捨てて野に下っているものの、徹底して公に尽くす政治人間であるレイアの感情には理解を示し、その活動や冒険には不満を述べることなく全力で力を貸しています。

そんな冒険をともにするパートナーとして、そして新婚夫婦として順風満帆な関係で結ばれるレイアたちですが、二人の前にはたった一つだけ分かり合えない溝が横たわっています。それは二人の子供をめぐる問題。彼女のトラウマを慮り一度は子供をつくらない方針に賛同したハンも、満ち足りた夫婦生活の唯一の空洞として次第に子供を持つことを希望。しかし自らのなかに流れる「ベイダーの血」を忌むレイアはどうあっても子供を産むことを拒絶していたのでした。

ジェダイとレイア

同じく「呪われた血」を引きながら、レイアの兄ルークにはそのことに対する拒否感はまったくありません。彼にとって自らのなかに流れる血は「ベイダーの血」ではなく「アナキンの血」であるからでしょう。ルークにはともに「ジェダイ」という形で父と相互理解可能な共通点があり、今に見る邪悪の権化ダース・ベイダーとは異なる「父」にして「かつての同胞であり先達」そして「自らもなり得たもう一つの姿」という側面に思いを馳せることが可能であったからでしょう。

一方レイアにとってベイダーは憎むべき敵でしかありませんでした。物心ついた時から帝国と敵対すべく成長した彼女にとってベイダーは打ち倒すべき敵の幹部であり、多くの罪なき人々や仲間たちの命を奪い、故郷をそこに生きる人々ごと奪い去り、その手で自らを拷問した存在でしかありません。ベイダーを「邪悪に歪んだ機械」と一刀両断したオビ=ワンやヨーダの視点に、ジェダイであるルークよりも余程近い感覚であったと言えるでしょう。

ライトサイドとダークサイドに囚われて人間性への洞察に欠けていたと思わざるを得ない共和国末期のジェダイたちと、銀河を覆う巨悪と戦うために心を頑なにせざるを得なかったレイアは、ダース・ベイダーを「憎むべき異物」としてしか認識できなかったという点では実によく似た存在と言えるでしょう。

本作はそんな単眼的視野に囚われていたレイアがタトゥイーンでかつてのアナキン・スカイウォーカー、しかもアニーという愛称で周囲の人々から愛されていた時代の純朴な少年時代の面影に接することで初めて、多くの面を併せ持つ人間としてのアナキン・スカイウォーカー像を捉え直すことで自らの過去と心のバランスを獲得して行くまでの道程を主題としているのです。

レイアにバランスをもたらす者

レイアに様々なアナキン像を提供するタトゥイーンの人々の中でとりわけ重要なのは「アニー」を心から愛し、日々その身を案じ続けていた母シミ・スカイウォーカーの存在でしょう。物語時点では既に故人である彼女は過去に残した日記データという形で「孫娘」の前に現れ、愛する息子への愛と期待、そして憂慮の数々を語り伝えることでレイアの心に大きな波紋を投げかけます。

善良なアナキン・スカイウォーカーは様々な人間的葛藤を経て邪悪の権化ダース・ベイダーとなった・・・。新三部作を知る読み手には自明の事実も、当事者であるレイアには簡単に受け入れられることではありません。急速に上書きされるベイダー像に困惑を深める彼女の前に導き手として現れたのは、かつて愛する「弟」の転落を止められず、それによって多くの同胞たちを死に追いやった後悔に苛まれ続けたオビ=ワン・ケノービの面影でした。

彼女に導きを与えたのはアナキンを愛し、アナキンが愛した者たちだけではありません。かつて怒り狂ったアナキンによって惨殺されたタスケン・レイダーたちの行いもまた、心のうちに負の感情を抱き続けることの虚しさ恐ろしさを実感させることになるのです。

冒険を終えたレイアは父を「ベイダー」ではなく「アナキン」として捉える視座を手に入れ、負の感情に心を曇らせる無為を悟り、大きな決断を下すに至ります。闇を恐れて未来はない。闇と向き合うことでしか未来は見えない・・・。ついにレイアは自らのトラウマと向き合い、自らの未来に目を向ける決心を固めるのでした。

追伸:影の主人公ワトー

というわけで正直『キリック・トワイライト』をめぐる冒険よりもレイアの内面世界の探索をもっともっと深彫りしてほしかったという思いの強い本作ですが、SW愛好者のひとりとしてもっとも感慨深いのがシミの語るアナキン去りし後の日常に登場するワトーです。スカイウォーカー母子を所有する憎むべき奴隷主であり、クワイ=ガンの説得にもかかわらず母子を生き別れにせしめた憎むべき業突く張りと思えた彼ですが、長きに渡る関係から決して彼を嫌悪してはいなかったシミの口から語られるその姿は「哀愁」そのもの。

アナキンの喪失に打ち沈むワトー。それを「優秀な技術者を失った大損」と強がるワトー。ことあるごとにシミとワインを共にしたがるワトー。クリーグと彼女の関係に気付き嫉妬の情を隠し切れないワトー。異常なまでの執着によって彼女を手放そうとしないワトー。二人に騙され泣く泣くシミを手放すものの決して事を荒立てないワトー。奴隷を拘束する埋め込み爆弾を実はこっそりオフにしていたワトー。呼ばれもしないのに二人の結婚式に出席して気まずそうにするワトー。農場の生活なんかロクなものではないから嫌になったらいつでも戻って来いと憎まれ口を叩くワトー・・・。

どのワトーも涙なしには読めぬ淋しさと切実を湛えているのです。不器用ながらスカイウォーカー母子を愛していたに違いないワトー。そのことを上手く表現することができずシミ以外の誰からも理解されることのなかったワトー。死の間際に思いの丈を打ち明けることのできたアナキンよりもなお報われぬ生涯を送った(かもしれない)ワトーから漂う哀愁こそが、本作きっての読みどころであるのかもしれません。

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