『ターキン(上・下)』〈「恐怖による統治」かく生まれり〉【カノン小説】

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その男、シスよりもなお

SWで強烈なインパクトを放つ悪役といえば、ダース・ベイダーを始めとするシスの暗黒卿たちでしょう。彼らはクールなビジュアルと華麗なアクションで物語の見どころを作り上げてくれますが、この物語にはそのような派手派手しい要素はなくとも、彼らに負けず劣らずの存在感を醸し出す悪役が存在します。

その名はウィルハフ・ターキン。銀河帝国大幹部を指すグランドモフの称号を持つ冷酷な軍人として描かれ、あのダース・ベイダーですらもおいそれとは逆らうことのできない超実力者とされていますが、映画本編ではその本領を発揮することなく恐るべき兵器〈デス・スター〉とともに非業の死を遂げました。

その後に描かれたスピンオフ作品群においても、彼は一貫して冷酷非情な軍人としての側面が強調されるものの、その軍事的・政治的能力や人物的背景についての多くの部分は謎に包まれたままでした。本作ではそんな知られざる側面を多く持つ彼の生い立ちを中心として、その人格形成や思想形成の過程が描かれているという点でとても読み応えのある物語となっています。

銀河の片隅に生を受けたウィルハフ少年は決して生まれながらの冷血漢であったわけではないようです。いったいどのような経験が、彼を恐るべきシスの暗黒卿顔負けの苛烈な性格の男へと育んでいったのでしょうか?

というわけで本作の魅力は物語のあらすじにはなく、主人公ウィルハフ青年の人格・思想形成の行方であり、後年の恐るべき「ターキン・ドクトリン」へと至る道のりなのです。

非道か無能か?〈帝国のやり口〉

「恐怖による統治」それがスターウォーズ物語きっての悪の組織、銀河帝国を象徴する言葉と言っても過言ではないでしょう。しかし映画本編でこのセリフを語るのは象徴的悪役ダース・ベイダーでも帝国の創設者パルパティーンでもなくターキンであり、この言葉に代表される一連の主義もまた彼の名を取って「ターキン・ドクトリン」と呼ばれています。この邪悪な帝国を象徴する邪悪な思想は、邪悪の権化たるシスの暗黒卿ではなくこの軍人指導者によって主唱されているのです。

しかしこのドクトリン、またはやり口は、倫理的に問題がある以前に有効性の面で問題があるものではないでしょうか? 例えばごく限られた狭いコミュニティにおいて少数の人々を支配するというのであれば、このやり口は効果を発揮し得るでしょう。しかし銀河帝国が統治するのは数兆とも設定されている人口を擁する銀河丸ごと一つです。それらの人々すべてを恐怖によって縛り付けようにもその方策はいずれ徹底を欠き、恐怖におののく人々のなかから不満分子や反乱分子が登場するのは火を見るより明らかです。

「押さえつければ押さえつけるほど、それだけ人々の反発は強くなるのよ」

『新たなる希望』より

とはレイアの言葉ですが、この言葉は単に倫理的な主張に留まるものではないでしょう。現実世界にも「剣で栄えた者は剣によって滅ぶ」という言葉があります。仮に「目的達成のために有効ならば手段を選ばず」式で行くにしても、このような杜撰な手段は倫理の前に有効性によって裁かれるべきものでしょう。

銀河帝国はもっと巧妙な手段によってその体制を確立したはずです。共和国の腐敗と硬直を白日の下に曝し、クローン大戦の混乱に乗じて人々の心に自由よりも平和と安定への渇望を植えつけ、「自由・安全・安定」の名のもとに独裁政権を樹立せしめたパルパティーンの巧妙な政略はいったいどこに行ってしまったのでしょうか?

「すべては見方の問題だ」

SWには「見方」(Point of view)という言葉が頻出します。これによって物語は単純な善悪二元論・勧善懲悪を脱し、善悪不在の群像劇へと変化を遂げると考えているのですが、銀河帝国の不可解な強硬路線もまた、この「見方の問題」という補助線を引くことで解釈できると考えます。

SWには二つの畸形な組織が登場します。一つはジェダイ騎士団、もう一つがシスの暗黒卿です。ジェダイたちは人間性を無視するほどの禁欲を追求することで精神的平衡(アタラクシア)を求め、シスは人間性を無視するほどの貪婪を追求することで精神的絶頂(エクスタシー)を求めた人々であると考えますが、そのどちらの生き方も常識的な人々の理解を大きく逸脱する生き方と言えるでしょう。私は両者の興亡を、人間として不必要なまでに極端な生き方を志向したが故に認知能力に歪みを来したことによる必然的結果に過ぎないと考えます。要するに、「 お 前 ら な ん か 深 山 幽 谷 で カ ス ミ 食 っ て 生 き て ろ 」とでも言いたくなるような社会不適合性が両者に共通する特徴であると考えます。

つまりシス卿パルパティーンとそれに倣った人々は無能ゆえに失政を重ねて破滅を招いたのではなく、認知能力の歪みによって極端に走り、失政を重ねて破滅を招いたと言えるのではないでしょうか? そしてジェダイでもシスでもないに拘わらず、彼らに負けず劣らずの強烈な認知能力の歪みを抱えていたのが本作の主人公ウィルハフなのです。

弱き者のために、弱き己のために

ウィルハフ少年は、ミッドリムに位置する惑星エリアドゥに、当地の治安維持を担うことで地位を築いたターキン家に生を受けます。エリアドゥはかつては過酷な自然環境と獰猛な原生生物が入植者たちの生存を大きく脅かし、開拓されて後も各種の無法者たちの脅威が人々の生存を脅かした実に血なまぐさい歴史を持つ惑星でもありました。つまりエリアドゥの人々、とりわけその治安維持を担うターキン家の人々は、自分たちが自然に生きる動物としても、社会に生きる人間としても「弱者」であるということを強く意識せざるを得ない立場にあったようです。そして自分自身を含めた弱者を脅威から守るためにはなによりも「力」が必要である、とも。

ターキン家の過酷な性格を物語るのが本作でフィーチャーされている「キャリオン・プラトー」と呼ばれる未開発地域での通過儀礼です。ターキン家の男子は皆、青少年期を厳しい自然環境と獰猛な捕食動物が跋扈するプラトーでのサバイバル生活を要求され、その締めくくりとして「キャリオン・スパイク」なる最終試練に合格することが求められるのですが、その過酷さは想像を絶するもののようで、ウィルハフ以前の多くのターキン家の青年たちがそこで命を落とし、未だに白骨を晒しているというのです。

十代半ばを迎えたウィルハフ青年もまた、大叔父にして「キャリオン・プラトー」の案内人を務めるジョヴァとともに血みどろのサバイバル生活を味わうことになるのですが、どうも彼らの生き方を読むにつけ、私は自傷行為を繰り返す人を見るような痛々しさを思い起こすのでした。自分たちは弱者に過ぎないという過去の痛みが自らを支える礎となってしまい、もはや必要もなくなったのに過去に味わった痛みをわざわざ自分から追体験することで自己の立脚地を確かめようとするかのごとき姿は痛ましいの一言。彼らはまるで先祖代々積み重ねてきた過去の痛みの亡霊に憑りつかれたトラウマの犠牲者の観があるように思えます。

ウィルハフの父は語ります。

人間は油断すれば簡単に何もかもを奪い去られてしまう。それが嫌ならば常に油断せず、自分を狙う者と戦う用意をしておくことだ

『ターキン』より

と。確かにそれ自体はもっともな理屈なれど、彼らの力に対する執念は異常とも思えるレベルです。なにやらターキン家の人々は文明社会の中にあってなお、自分たちは野生動物のままで在ろうとしているようにすら思えます。作中でも言及されるように、なにも同じ過去の歴史を共有するエリアドゥの人々の多くはこのように苛烈な人格ではないようですが、少なくとも「弱き者を守らねばならない」という一見素晴らしい使命感がターキン家の人々、とりわけウィルハフ青年の心を頑なにしていったように思えます。

そして長きに渡る試練を終えたウィルハフが、ついに「恐怖による統治」に行き着く事件が起こります。過酷な環境において人間一人ができることの限界を思い知らされたウィルハフは、エリアドゥの保安任務に就いてのち、無法者の宇宙海賊たちによって惨たらしく虐殺された無辜の人々の姿を目の当たりにします。あまりの惨状に言葉もなく佇むウィルハフに、指南役ジョヴァは語ります。

「これが法のない世界だ」
 硬い表情で破壊の爪痕のなかを歩きながらジョヴァが言った。
 ウィルハフの怒りを静めるためというよりも、虐殺を倫理問題にしっかり結びつけるためだった。
「(中略)連中はキャリオンでわれわれが相手にした害虫や獣と同じだ。連中を教育し、法と秩序の概念を教え込む必要がある。連中をわれわれがプラトーで狩ったものや服従させたものとみなし、すばやく周到に攻撃しろ。(中略)そしてはらわたをえぐり、肝臓をもぎとり、貪り喰って残りの連中に恐怖を植えつけるのだ」

『ターキン』より

弱き人々を無法者たちから守り、弱者が弱者であることを拒否できる唯一の方法。それは恐怖によって相手を威圧することである・・・。心痛める青年の胸に、「恐怖による統治」の原型が生まれたのでした。皮肉なことに後に多くの弱者たちを踏みにじることになるターキン・ドクトリンは、弱者が弱者であることを拒否するための思想として作り上げられたと考える事が出来そうです。そして彼の、否、彼らの作り上げた思想は早速その有効性を発揮しました。

当時エリアドゥ近辺で略奪行為をほしいままにしていた高名な海賊集団を捕えたウィルハフは、煮るなり焼くなり好きにするが好いと気炎を吐く頭目を筆頭に一味を貨物コンテナに幽閉すると、ゆっくり、じつにゆっくりと、太陽に向かって発進させたのです。そしてじわじわ体を焼かれて行く苦痛に泣き叫ぶ海賊たちの様子をあらゆる無法者たちに向けて中継したことで、同地における海賊行為は後を絶ったのです。

未来なき猛者たち

このように、帝国一の冷血将軍はかつて虐げられた過去を持つ人々の怨念によって作り上げられたということができるのです。そしてそれはかつてジェダイによって滅ぼされた怨念によって復讐心を滾らせるシスとよく似てはいないでしょうか? パルパティーンはターキンがまだ若手指揮官に過ぎなかったころから何くれとなく目をかけており、やはり自分と同じ種類の人間であるという嗅覚が働いていたのかもしれません。銀河に大きなトラウマを植えつけた邪悪な皇帝と冷血将軍は、実は自分たち自身も大きなトラウマを抱えた存在と言うことができるのではないでしょうか。

二人が主導する恐怖政治はなにやら虐待の連鎖を思い起こさせます。弱き者が身を守り強者を打ち倒すために作り上げた武器を、強者なきあと弱者たちにまで振り上げたターキンはあっという間に無法者から人々を守る側から無法者そのものになり果て、かつて自分が倒すと誓ったものになり果ててしまったという意味では作中でタッグを組むことになるダース・ベイダーとも瓜二つとい言えるのかもしれません。

こうなれば彼らが主導する銀河帝国による支配がごく短命に終わったのも当然の帰結と言えるでしょう。過去に囚われて周囲に対して敵対意識しか向けることのできない者は、個人であれ組織であれ人々の協賛を得ることなど不可能なのです。ともに単体としては強大な力の持ち主であるシスの暗黒卿も銀河帝国も、スターウォーズの主題である調和と関係性の外に在っては生命維持装置を外されたダース・ベイダーのように無力でか細い存在となってしまうのでしょう。

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