本作はSW小説において実に異質な魅力を湛えています。物語そのものも、その舞台となる惑星も、かつてなく独創的で不可思議な世界観によって私たち読み手を魅了するのです。
舞台となるのは未知の惑星ゾナマ・セコート。そこではすべての生命が高度に有機的な繋がりを持ち、それらすべてを擁する惑星そのものが意思を持つという極めて不可思議な空間であり、その在りようはSW世界を統べるフォースの暗喩を思わせる深遠さに充ちています。そこで数々の冒険を潜り抜けて行く「選ばれし者」は自らの運命と向き合うことを余儀なくされ、自らが秘めた強大すぎる力を眼前にして慄くのでした・・・。
作品背景:大御所と金字塔
作者グレッグ・ベアの名はSW小説界では馴染みのないものですが、SF小説界では十二分に響き渡っています。「ヒューゴ―賞」と「ネビュラ賞」という由緒ある文学賞を幾度も受賞し、高度なテーマ性と重厚な筆致、幅広い作風によって本書出版の2000年当時「現役最高のSF作家」と称えられたまさに大御所SF作家であり、同じくSF映画の金字塔たるSWとのコラボレーションとなれば否が応でも期待は高まるでしょう。加えてベアは1977年に行われたプレス向け試写以来のSWファンと言うのですからその期待値は留まるところを知りません。
実際本作の完成度は非常に高く、スリリングなあらすじや主要人物たちの内面描写や関係描写は言うに及ばず、主舞台ゾナマ・セコートの美しくも複雑な生態系や隠された秘密、持ち主と強い絆で結ばれた「生ける船」の異名を持つセコート・シップの謎めいた美しさ、ブラッド・カーヴァ―やプリアプリンといった非常に独自性の強いフォルムと生態を持ったエイリアン種族の造形、フォースに対する異なるアプローチとして登場する「ポテンティアム思想」など多くの興味深い記述が満載されており、SWファンには更なる物語世界の深まりを、SWに特段の思い入れを持たない読者にも優れたSF小説を読む満足感をもたらしてくれる作品と言うことができるのです。
あらすじ1:若き師と弟子
本作は『ファントム・メナス』の約3年後を舞台にしており、12歳となったアナキン・スカイウォーカーは師オビ=ワン・ケノービのもとで修行の日々に明け暮れながらも数々の脱線行為で周囲の大人たちの眉を顰めさせています。
しかし彼を導くべき師オビ=ワンもまた、強い義務感に身を捧げる模範的なジェダイとして成長しつつも、かつての師クワイ=ガンの死によって受けた傷の痛みを克服しきれず、フォースへの信頼を揺るがせる一面を見せるなど未だ未完成な一面を残しています。
ともに不完全さを伺わせる二人の関係はまさに年齢の離れた兄弟を思わせ、ときに反発し合いながらも深い友愛によって結ばれた緊密な関係性は物語屈指の読みどころの一つと言えるでしょう。
後に「愛する者への執着」によって暗黒面に大きく傾くことになるアナキンですが、本作における彼の心を占めるのは、ひたすらその翼を大きく広げようと彼の心を煽り立てる少年の活力であり、同時に心の奥底に眠る暗い衝動との戦いです。その姿は心身の変化に戸惑いつつ不確かな歩みを進める少年の物語として、SWを知らぬ読者にも普遍的な説得力を持ち得ることでしょう。
そして後にその偏狭な人間観によってアナキンの心を押しひしぐことになるジェダイ騎士団もまた、本作においてはその均衡を代表する二人の人物によって相反する性質が克明に描き出されています。
一人は厳格にして機知に富むジェダイ・コードの権化のようなメイス・ウィンドゥ。もう一人は同じく機知に富みながらも多くの人生経験によって培われた柔軟性を兼ね備えたスレイシア・チョ・リーム。『クローンの攻撃』によってジェダイの恋愛および結婚が御法度という設定が生まれる前に描かれた本作において、何度も騎士団を離れて何人もの子を産み育てた経験を持つというスレイシアはメイスと堅い友情に結ばれながらもその無用に厳格な態度と思想をやり込めてしまいます。
「木の切り株にでかい耳をつけたようなあの年寄り(=ヨーダ、筆者注)に、人間の子供のことなんかわかるもんですか。それを言うなら、あなたも同じよ。メイス、一度も結婚したことがないくせに! わたしはありますよ。たくさんの惑星で息子たちや娘たちを何人も育ててきた。あなたたちもみんな、わたしがそうしたみたいに休暇をとって世間の空気を吸い、日常生活にフォースがどう立ちあわれるかを経験すべきね。こんなかびくさい場所にこもって、ライトセーバーのふりまわしかたを勉強するんじゃなくて」
本作におけるジェダイ騎士団は厳格な父性と柔和な母性の両方の役目を併せ持つことでバランスを保っている感があり、クローン大戦を経てなお一層の硬直ぶりを露わにして行く後の騎士団を知る現在の読者にはなんとも言えない感慨を呼び起こすことでしょう。
「アナキン、子供でいなさい。子供であることを楽しみなさい。自分の限界を試してみなさい。じれたり怒ったりすればいいの。それがあなたのやりかた。あなたの靴がすりきれてもっとたくさん穴が開くころまで、叡智を得るための時間はじゅうぶんある。あなたのマスターをへとへとに疲れさせてしまいなさい。オビ=ワンなはそれでちょうどいいわ。それで彼も、自分が子供だったころを思い出すでしょう。そして・・・訓練のゴールにたどりつくために、いまなにが必要なのかを教えてちょうだい」
未だ硬軟併せ持つ度量を維持する騎士団のなかで、ともに未熟な師と弟子は危ういながらも成長への歩みを進めて行きます。
あらすじ2:帝国の息吹
アナキンとオビ=ワンがSWにおいて重要なキャラクターであることは論を俟ちませんが、本作で大きな役割を果たすウィルハフ・ターキンとレイス・サイナーもまたSWを語る上で欠かせないキャラクターと言えるでしょう。
後に「グランド・モフ」として皇帝に次ぐ権力を手にし、恐るべき統治理念によって数多の人々を虐げることになるターキンは未だ権力を求める青年将校であり、後に帝国軍の艦船建造を一手に引き受け、恐るべき理念に暴力の裏打ちを与えることになる「サイナー・フリート・システムズ社」の総帥にしてかつての学友であるサイナーを巻き込んで陰謀のとぐろを巻いて行くことになります。
未熟ながらともに支え合い、その資質を補い合う関係性にあるアナキンとオビ=ワンとは実に対照的に、権力の面でも人間性の面でも未熟な面の目立つターキンとサイナーの関係性は互いを利用し合い足を引っ張り合う狐とタヌキの化かし合いといった趣き。
パルパティーン最高議長を中心に台頭しつつある新時代の息吹の恩恵にいち早く預かるため、あらん限りのコネと権力を用いて目的達成に邁進するターキンと、そんな旧友を冷ややかな目で揶揄しつつもまんまとその術中に陥り、それでもなお一矢報いんと様々な手管を隠し持ちます。まさにアナキンとオビ=ワンが象徴するジェダイの道に対するシスの道を彷彿させる好対照と言えるでしょう。
ちなみにターキンと丁々発止のやりとりを重ねるサイナーは、帝国軍を象徴すると言っても過言ではないTIEファイターの設計者でもあり、本作では「衛星サイズのバトルステーション」つまり後の〈デス・スター〉へと繋がるコンセプトの発案者としても描かれており、多くの面では内心彼を軽蔑しているターキンですら舌を巻かざるを得ないほどの優れた才能を持つエンジニアとして描かれています。
あらすじ3:放浪惑星
若き師弟と若き力の亡者たちが赴いたのは、ともに銀河の最辺境に位置するゾナマ・セコートでした。この未知の惑星は誰も知る者のない地に存在するにもかかわらず、莫大な代金と引き換えに銀河屈指の性能を誇る「生ける船」を製造する技術を持つことでごく一部の人々の間に知られており、野心家ターキンはどのような手を使ってでもその「生ける船」を製造技術ごと手土産とすることで「新秩序」を担うべき一員として認められようと目論みます。
一方オビ=ワンたちは行方不明となったジェダイ、ヴァーゲアの捜索を目的にこの地に降り立ちます。かつて正体不明の侵略者に襲われたというゾナマとそこに住む人々を救うべく一人立ち向かった彼女はどうした訳か突如消息を絶ち、その安否も含めて一切が謎に包まれたままであるというのです。
いったい彼女は生きているのか? 正体不明の侵略者は何者で、何を目的にこの地を襲い、どこへ姿を消したのか?
深まるばかりの謎を前に、オビ=ワンとアナキンは美しくも底知れない惑星と、そこに生きる人々に翻弄されて行くのでした。
一方オビ=ワンたちは行方不明となったジェダイ、ヴァーゲアの捜索を目的にこの地に降り立ちます。かつて正体不明の侵略者に襲われたというゾナマとそこに住む人々を救うべく一人立ち向かった彼女はどうした訳か突如消息を絶ち、その安否も含めて一切が謎に包まれたままであるというのです。いったい彼女は生きているのか? そして正体不明の侵略者は何者で、何を目的にこの地を襲い、どこへ姿を消したのか? 深まるばかりの謎を前に、オビ=ワンとアナキンは美しくも底知れない惑星と、そこに生きる人々に翻弄されて行くのでした。
やがて意に添わぬゾナマの人々に対して「恐怖による統治」を執行する意思を固めたターキンによって惑星とそこに生きる人々は炎に包まれます。無慈悲な破壊と殺戮を前に絶体絶命の危機に陥り、怒りと憎しみに支配されかけたアナキンのなかで、恐るべき力が鎌首をもたげます。そしてゾナマ・セコート自体もまた、誰もが想像しなかった恐るべき力を解き放とうとしていました・・・。
果たしてアナキンは自らの力とどう向き合うのか? そしてゾナマ・セコートに秘められた力とは?
壮大な規模で展開するクライマックスは読み応え十分ながら、決して明快な答えを読み手に提供することはありません。私たちは主人公であるアナキンとオビ=ワンたちと同じく、残された多くの謎を前に立ち尽くしたままこの物語を読み終えることになります。
物語の主人公たちはその生涯を終えるまでついに謎の正体を知ることはありません。しかし私たちはこの物語の遥か数十年後、共和国とジェダイが滅び、帝国とシスも滅び、新たに興った新共和国もまた、全く未知の強敵との戦いによって落日を迎えたとき、すべての真相を知ることになるのです。SF界の大御所が紡ぎ出した一見異質な本作もまた、異物となってSW世界の調和を乱すことなく、その他の多くの作品群によって補完され、支えられ、壮大な歴史の一部となって行ったのでした。
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