『偽りの仮面 議長暗殺計画』〈始まりへと至る道〉【レジェンズ小説】

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1999年に公開された『ファントム・メナス』は世界的大ヒットを記録し、多くのファンを熱狂させました。しかし「熱狂」の内実はそう単純なものではなく、1985年の『ジェダイの帰還』公開以来長きに渡って絶えていた新作映画公開を寿ぐ人々もあれば、あまりに豹変したその世界観に呪いの言葉を浴びせる人々もあるという具合に、賛否両論・毀誉褒貶甚だしいものでした。

しかし賛否どちらに属すにしても、共通して持て余したのはそのストーリーの不可解さではなかったでしょうか? とくに辺境宙域における課税論議、特権的貿易企業通商連合トレード・フェデレーションによる惑星封鎖、腐敗としがらみに雁字搦めにされた元老院への失望等々、悪の銀河帝国に立ち向かう正義の反乱軍という明快な物語世界に慣れたSWファンにとって、新三部作で展開された政治ドラマの数々は違和感が強く、また映画本編での説明不足・言葉足らずも相まって、はっきり言って訳の分からないものでしかありませんでした。

しかし新三部作公開から約四半世紀が経とうとしている今日、数多くのスピンオフ作品群の展開によってその違和感や説明不足は十分に補われていると言って差し支えないでしょう。本作は『ファントム・メナス』公開から2年後の2001年に刊行されており、それら新三部作の解像度向上に寄与した作品群の嚆矢と言える作品なのです。

物語の発端となる辺境宙域への課税案はどのような文脈で生まれ、なぜ通商連合はそれに反発したのか、そもそも通商連合とはいかなる企業体で、なぜあれほどの武力を保有し、惑星封鎖などという暴挙に踏み切ったのか、否、踏み切れたのか? そして過去の栄光に輝く共和国はどのような腐敗に蝕まれ、歴史的名家出身の最高議長ヴァローラムの名声を地に堕とした「根拠なき汚職」とは?

『ファントム・メナス』で観客たちを困惑させた謎のすべてを、本作は丁寧に解きほぐして行きます。

あらすじ1:32 BBYの「帝国」と「反乱者たち」

銀河外縁部を中心に経済的独裁をほしいままにする通商連合の存在は、銀河共和国を担う良心的人々にとって常に頭痛の種でした。大規模な経済カルテルである彼らは辺境の地において競合他社の存在を気にかける必要もなく、多くの星々を相手に高圧的な商法を展開することでその資源と富をむしり取り、それに異を唱える人々の声も連合の差しだす富と利権に肥え太る一方の有力者たちによって封殺されていました。

やがて持たざる者たちのなかから通商連合の横暴に立ち向かうテロ組織「ネビュラ・フロント」が誕生しますが、それによって生じた対立もまた通商連合にとって利用すべき好機となりました。テロ組織に対する自衛を名目に私兵による軍事力増強を求める彼らの訴えが容れられれば、通商連合は驚異的な規模を誇る独占企業体であることに加えて恐るべき武装勢力ともなり、公式の軍事組織を持たない共和国にとってますます手に負えない存在となることは火を見るより明らかでした。

日の没することなき帝国といった趣きの通商連合ですが、物語冒頭に発生した事件にばかりは少々度肝を抜かれたようです。なぜなら「ネビュラ・フロント」に雇われた傭兵隊長アーウィン・コウル率いるゲリラ部隊は連合の輸送船〈レヴェニュー〉を積荷もろとも撃沈し、そこに積まれた莫大な額面価値を誇る貴金属オーロディウムのインゴットをも強奪せしめたのです。

連合の横暴に対し為す術を持たない元老院に怒り心頭の彼らはさらに最高議長ヴァローラムの暗殺未遂事件まで引き起こし、銀河を恐怖に陥れます。これまでは比較的穏健な「通商妨害」に留まっていたはずの「ネビュラ・フロント」はついに堪忍袋の緒を切らしたのでしょうか? それともこれは両者の対立を新たなる局面に向かわせるべく動き出した、恐るべき陰謀の始まりなのでしょうか?

様々な読みどころを持つ本作ですが、その眼目と言えるのはやはり『ファントム・メナス』でもっとも謎に充ちた組織である通商連合の内情に関する描写の数々でしょう。彼らは「独占企業」の暗黒面をこれでもかと持ち合わせた悪辣な企業体であり、銀河帝国勃興を間近に控えた共和制末期の時点で既に「経済帝国」の威容を湛えています。そんな連合に立ち向かう「ネビュラ・フロント」は外縁部の「反乱同盟軍」といった趣きであり、彼らに雇われた傭兵コウル船長一行の冒険はまさに「反乱者たち」のそれを思わせます。

あらすじ2:暗黒卿の手の内で

ことを重く見たヴァローラムは一連の騒動に対する折衷案として連合の軍備増強を認めることと引き換えに彼らへの貿易課税を提案。そして白熱必至の討議を集中的に行うため惑星エリアドゥでの通商サミット開催を決議させたのです。しかしその暴力性を危険視されたことでサミットから除外された「ネビュラ・フロント」が再び不穏な動きを見せることは明白。再び彼の命を狙う計画が進行中という情報飛び交うなか、ヴァローラムは昵懇のジェダイたちの協力を得ながら通商連合に掣肘を加えるべく、欲得と陰謀渦巻く汚れた政界に在って孤軍奮闘するのでした。

いえ、絶望的な戦いを繰り広げる彼にもたった一人だけ心強い味方がいました。彼と同じく高潔な理想を内に秘め、その穏健な人柄によって人々の心をつかみ、決して目立たないが決して軽くあしらわれることもない縁の下の力持ち的存在。ナブー出身元老院議員パルパティーンこそヴァローラムが誰よりも信を置く盟友であり、連合への課税案やサミット開催といった妙手を提案したのも、この頼れる友であったのでした。

ジェダイたちは議長警護と同時に「ネビュラ・フロント」の根拠地である惑星アズメルーへと向かい、その封じ込めを図ります。しかし共和国に不満を持つ当地の古豪族たちの協力を得た彼らは思わぬ反撃を展開、ジェダイたちを思わぬ窮地に立たせるのでした。そしてサミットが行われようとするエリアドゥでもコウル船長をはじめとするテロの魔の手が忍び寄ろうとしていました・・・。果たしてジェダイたちは議長を守ることができるのでしょうか、そしてヴァローラムは見事サミットを成功させ、共和国の大義を守ることができるのでしょうか?

疎外さる者たち〈分離主義の足音〉

「(中略)いいか、これはよく覚えておいてくれ。内と外を分けて考えはじめたら、統一は存在しなくなる。すべての市民に平等を求める代わりに、無政府主義になり、分離主義になる」

本作を読んでいて思うのは、共和国最盛期を描いた『ハイ・リパブリック』シリーズの第一作『ジェダイの光』を象徴する一句「我々はみな、共和国だ」に対する隔世の感です。その実態はともかく多くの人々が一丸となって共和国の理想を奉じていたかに見えた「統合」の時代から約200年を経て、爛熟を迎えた共和国は様々な「分裂」の予兆を孕みつつその巨体を銀河に横たえています。

本作は『ファントム・メナス』の背景を解きほぐして行くに留まらず、1年後に公開を控えた『クローンの攻撃』の前景ともなる「共和国分裂の危機」の気配すらも漂わせているのです。銀河の中枢を担うコア・ワールドへの富の集中。富の偏在と不均衡を当然のこととして繁栄を謳歌する「上級国民」たちの存在。銀河外縁部を中心に勢力を蓄え、もはや政府と共同歩調をとる意義を見出さない巨大ギルドたちの存在とその弊害。多くの人々の無意識下を流れる異種族に対する嫌悪感と差別感情・・・。

やがて銀河を混沌と独裁制へと導くことになる火種の数々が、ごく薄くであるとはいえ既に本作中にその香りを振りまいているのです。そしてもう一つ、物語を追う上で無視できない分裂として挙げられるのが有力極まりないジェダイの騎士クワイ=ガン・ジンに異端者という不名誉を負わせることになった「生けるフォースリビング・フォース」と「統合のフォースユニファイティング・フォース」をめぐる教義論争でしょう。本作では直接的に両者の論戦が展開されるわけではありませんが、少なくとも「全体と大局」を見渡そうとするジェダイ評議会の面々と、「今このとき」を何よりも重んじるクワイ=ガンのスタンスの違いが明確に描かれています。

「わたしはしなければならないことをしたまでです」クワイ=ガンが答えた。

ヨーダは長いため息をついた。「きみを責めているわけではないぞ、クワイ=ガンよ。ただうんざりしているだけだ」

ともすればネズミを追い続ける猫のように物事を突き詰めようと邁進する彼の姿勢は、悟りを開いた高僧を彷彿させる熟練ジェダイたちの目には浅慮と移り、彼と行動を共にするジェダイたちは時に苛立ちを隠すことができません。長きに渡って積み重ねられたジェダイ騎士団の実績に対して誰憚ることなく疑問符を叩きつけるクワイ=ガンの言動は紛れもなく異端者の不遜そのものであり、なぜ彼が『ファントム・メナス』においてあれほども「敬遠」されていたのかが納得行くものとなっています。

かつて統合と秩序に輝いた銀河共和国、そしてジェダイ騎士団はその肥大しきった巨体に無数のひび割れを刻みながら、ゆっくりと見えざる脅威に向かって引き寄せられて行くかのようです。

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