『破砕点(上・下)』〈地獄の黙示録〉【レジェンズ小説】

レジェンズ小説
記事内に広告が含まれています。

本書はEP3公開を控えた2003年から2005年にかけて、多くのファンを惹きつけるクローン戦争の様相を描くことを目的とした『クローン大戦ノベル』と題されるシリーズの第一作となります。

ヨーダに次ぐ実力を誇るとされるジェダイマスター、メイス・ウィンドゥを主人公とする物語ですが、もっとも存在感を主張するのは物語の主舞台にして彼の故郷でもある惑星ハルウン・コルの惨状と言えるでしょう。本作が刊行されたのは2003年、つまりSW本国アメリカではイラク戦争の真っただ中であり、架空の世界を舞台とするとはいえ戦争を扱う本作にもその陰鬱な影響を与えずには済まなかったのでしょう。

ときはクローン戦争開戦数か月、ところは惑星ハルウン・コル。一人のジェダイが暗黒面に堕ちた、という知らせからすべてが動き始めます・・・。

あらすじ:地獄で生まれた男

本作においてメイス・ウィンドゥの出身地と設定されたハルウン・コルは、まさに銀河の地獄と形容できそうな惨状を呈する惑星です。惑星代表政府を独占する入植者のバロワイ下層民として差別されている原住民コルナイの対立に端を発する内戦は留まるところを知らず、残虐な戦争行為がもはや日常茶飯事となっているのです。

恐ろしいのはもはや誰もその対立の原因を知らず、知ろうともしていないことです。彼らはただひたすら祖先の代から続く互いへの憎しみを連綿と受け継ぎ、戦争に適した夏になるやスポーツにでも参加するように戦場に赴くことから「サマータイム・ウォー」と呼ばれる戦争を続けているのです。ここは何やら長きに渡るパレスチナ紛争を彷彿させる設定ですが、銀河を分かつクローン戦争勃発などとは無関係に争い続けてきた彼らも、銀河の趨勢の影響を受けることは避けられませんでした。

ハルウン・コル政府は強力な武器や潤沢な資金提供を約束する分離主義勢力と手を結び、それに対して共和国は政府に敵対するゲリラグループ「高地解放戦線(ULF)」への支援を決定します。この辺りはその大義名分や正当性などお構いなしに「敵の敵」を無節操に支援する冷戦以来のアメリカ外交の暗黒面を見る思いです。メイスの弟子デパ・ビラバはULFの活動を現地で支援すべく単身ハルウン・コルへと旅立ちますが突如消息を絶ち、その後なんと政府軍に対する大量虐殺に手を染めたという情報がもたらされたのです。

果たして彼女は暗黒面に堕ちてしまったのか? 事の真相を探り、かつて父娘に近しい絆を築いた弟子を自らの手で救うため、あるいは葬るために、メイス・ウィンドゥは危険極まりない「里帰り」を行うこととなるのでした。

舞台設定:暗黒面の星

上記のあらすじを読まれた方の多くは映画『地獄の黙示録』を想起したのではないでしょうか? 同作品で独裁者へと変貌したカーツ大佐を追うウィラード大尉が味わった地獄よろしく、メイスが遭遇する戦争の惨禍は言語を絶するものがあります。その骨太で硬質な描写や展開はSW小説を読んでいるということを忘れさせるほど凄まじく、両作品共通の舞台であるジャングルのように、私たち読み手の頭を異様な熱気と湿度で蒸し上げてゆくようです。

舞台設定のみならず、本作で活躍する人々もまたそのすべてが異様であり、誰一人として共感可能な人物は見当たりません。彼らが行う戦争は、平和を求めたり自分たちの主張の貫徹を求める行為ではなく「日常生活」に過ぎず、そこで展開する「残虐性」も「命への無感覚」も、ごく普通の生活感覚となっているのです。彼らには「人間としての道義」などなにも通じないようです。ただ生き延びるためだけの文化的貧困または悪しき純粋があるだけなのです。そんな世界を前にしてメイスはジェダイとしての自分の無力さをとことん噛みしめさせられて行くのです。

これらを読み進めるうちに、同じ作者によって描かれたノベライズ版EP3でメイスが「文明への愛」によって暴走したことを想起するファンも多いのではないでしょうか? 本作で展開する「無秩序が支配する世界の野蛮と残虐」を彼とともに追体験するならば、現職政治指導者暗殺未遂などというタブー中のタブーに手を染めた彼の思いの軌跡への理解が深まるのではないでしょうか?

登場人物:闇に生きる人々

想像を絶する苦難を乗り切ったメイスの前に現れたのはULFの指導者にして現地語でジャングルの長を意味する「ロー・ペレクの異名を持つカー・ヴァスター、そして問題のデパでした。最強の戦士にして呪術者と恐れられるカーはまさに戦争が生んだ闇であり、善も悪もないただひたすらに純粋な力の化身として存在します。彼はメイスと同じ氏族の出身でもあり、乳児の頃に見い出されてジェダイとなっていなかったならば、メイスがなり得ていたもう一つの姿とも言えるでしょう。

一方のデパはメイスが怖れていた通り、ジェダイとは相容れない人間となっていました。しかし暗黒面やシスというジェダイの理解とは違う形で。それは絶え間ない戦争によって擦り切れた人間の姿であり、ジェダイとしての限界を超えてしまった姿と言えるのかもしれません。目の前に広がる悲惨をよそに、自分たちの都合を優先させることができなかった彼女はゆっくりと闇に飲み込まれて行ったのです。それはもともと「普通の人間」であったカーも同じこと。ハルウン・コルに渦巻く絶え間ない憎しみの連鎖が、彼らを冷酷無比の人間につくり変えてしまったのでした。

彼らは邪悪な存在と言うよりは目の前の現実を必死に生きているだけと言えるでしょう。そこにはジェダイや共和国が唱える平和も、理想も、人間としての倫理も、薄っぺらいお題目でしかないのです。メイスと彼らの間には深い断層が横たわり、永遠に交わることのない平行線のやりとりがつづきます。そしてついにメイスはこれら憎しみの連鎖を断ち切るために戦うことを決意します。しかしそれはデパとは違う意味での戦い、憎しみの大本を終わらせるための戦いでした。メイス、デパ、カーの奇妙な協力関係によって「サマータイム・ウォー」にも終結の糸口が見えるのですが、やはり彼らの間に穿たれた溝は埋めることのできないものだったのでした・・・。

あまりにも深すぎる戦争の闇は、ライトセーバーの光すらも拒絶するかのようです。

併録作品『エクイップメント』:あるクローン兵の物語

本書下巻には同じ作者による短編小説『エクイップメント』が併録されており、小説本編でメイスがハルウン・コルに向かうために座乗した共和国戦艦〈ハレック〉に搭乗する一人のクローン・トルーパーに焦点を当てた作品となっています。僅か13頁ほどの小品ですが、共和国軍のエクイップメント(設備・装備)としてストイックに生きる主人公CT6/774の姿を丁寧に描いた戦記小説となっています。

正直言ってシスの復活や銀河帝国発足などどうでも良くなるほど衝撃的な「戦争のためだけに作られたクローン人間による軍隊」という存在の中で己の役割を冷徹に果たすその姿は大変強い印象を残します。

オマケ:雑学あれこれ

破砕点シャッターポイント】:メイスに与えられた天与の才能であり、戦いや交渉の場で自分が撃ち抜くべき事態の本質を見抜く能力を指します。限りなく暗黒面に近づく剣技「ヴァ―パット」と並んで彼を最強クラスのジェダイたらしめている能力であり、EP2で銀河屈指の賞金稼ぎジャンゴ・フェットを瞬殺したのもこの能力に拠るものです。しかしその能力によってジオノーシスでやるべきだったこと、―つまり分離主義勢力壊滅のため、他のあらゆる命を犠牲にしてでもドゥークー伯爵を殺害するべきだったこと―を的確に見通していながらそれを行えなかった後悔が彼を長く苛んでいるのでした。

【デパ・ビラバ】:EP1にもちらりと登場したジェダイマスター。本作で悲劇的な役割を演じることになりますが、カノンでは『反乱者たち』の一人ケイナン・ジャラスことケイレブ・デュームのマスターとして多くのスピンオフ作品に登場し、同じく悲劇的な役割を演じることになるもののその印象が大きく改変されたキャラクターと言えるでしょう。

【コルナイ】:ハルウン・コルの原住民でありメイスの出身種族であるコルナイはその全員が微弱ながらフォースに対する感受性を備えているとされており、その祖先は古代シス大戦の頃同地に不時着したジェダイたちの子孫ではないかという、ダソミアの魔女を彷彿させる推測がなされています。こういった世代的広がりを感じさせる設定に、レジェンズ作品世界の広大さを見ることができるでしょう。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

コメント

タイトルとURLをコピーしました