『MASTER & APPRENTICE』(未邦訳)【カノン小説】〈師と弟子、神秘と理性、そして愛と執着〉

カノン小説
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クワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービ。

プリクエル三部作公開によって私たちが初めて目にすることとなった全盛期ジェダイ騎士団の師弟は、時に反目し合いながらも完璧なコンビネーションで冒険を繰り広げ、困難に立ち向かい、私たちを大いに魅了しました。

しかし彼らは初めから完璧な師弟だったのではありません。優れた資質を持つ者どうしでありながら真逆の性向の持ち主であったことで互いに相容れず、どこかよそよそしい、理解しがたい異質さを感じ合う者どうしのぎこちない関係であったようです。

本作はそんな不安定で危ういバランスの上に積み上げられて行く二人の関係性の変遷を辿るものであり、同時にジェダイの異端児クワイ=ガンとその「宿敵」と呼んで差し支えないジェダイ評議会との緊張に充ちた関係性をも描き出し、また同時に彼らと対を為すもう一つのMaster & Apprenticeの在り方を通して「ジェダイと感情」についても思いを馳せさせる内容となっています。

物語は『ファントム・メナス』の約8年前に遡ります。

『ファントム・メナス』で完璧なコンビネーションを見せた二人だが、そこに至る道は波乱に富んだものだった(画像出典:Wooliepedia

あらすじ

評議員クワイ=ガン?

クワイ=ガン・ジンとジェダイ評議会との関係に大きな変化が訪れようとしていました。評議員の一人Poli Dapatianの引退宣言を承けたヨーダらジェダイの重鎮たちは、これまで幾度となく対立を繰り返してきた異端児クワイ=ガンにその後任となる意思を打診してきたのです。

その思想や行動規範に対する食い違いから激しく対立し合うことの多かった両者ですが、クワイ=ガンの優れた資質は誰もが認めるところであり、今回の打診も評議会側からの融和の申し入れに等しいものでした。大きなチャンスを前にクワイ=ガンの心は大きく揺れ動きます。なぜなら評議員に就任すればジェダイ全体を率いる重責を負うことから個別に弟子を育成することは許されず、そうなれば若き弟子オビ=ワンとの絆を中途で断つこととなり、未だぎこちない関係性を脱せないながらも善導すると誓った弟子の心を大きく傷つけることになることが明白だからです。

人生の岐路を前に惑うクワイ=ガンですが、銀河情勢の変動は彼をそっとしておいてはくれません。辺境の惑星Pijalで巻き起こった政争の調停に赴くこととなった師弟は互いへの不安定な感情をそのままに任地へと赴きます。そしてその地ではクワイ=ガンの兄弟子であり、今では当地の摂政として若き女王の補佐に努めるかつての兄弟子Rael Averrossの姿がありました。

『ファントム・メナス』では一貫して対立的な関係として描かれたが、評議会にはまだ異分子を受け容れようとする柔軟性が残っていた(画像出典:Wooliepedia

閉ざされた惑星

政争の渦中にあるPijalは、辺境とはいえ決して外縁部のような銀河のはずれに位置する星ではありませんでした。しかし近隣に存在する星雲Byrnum Mawが及ぼす影響によってハイパースペース航路から分断され、長く銀河の繁栄から取り残された星であったのでした。

しかし銀河の孤島とも言えるPijalに大きな転機が訪れようとしていました。長い年月をかけて当地の開発に取り組んでいた大企業Czerka Armsの技術力によってついにハイパースペース航路との接続が可能となり、それが実現すればPijalのみならず周辺の多くの星々が恩恵を被ることとなるのです。

「開国」への動きに向けて沸き立つPijal政府は自国に大きな影響力を持つCzerka Arms社と協調して新たな体制づくりを推進。旧弊な君主制を脱して議会に主権を置く立憲制への移行を含む新たな統治条約が採択されれば、Pijalは名実ともに銀河共和国の一員として繁栄をほしいままにできると思われました。

しかし新体制を目指す条約の内容に大きな不満を持つOpposition野党・反対派を名乗るグループがそれらを覆さんと激しい抗議運動を展開。ついには若き女王Fanryの命を狙うテロにまで発展し、事態を重く見た摂政Averrossはかつての弟弟子クワイ=ガンに助けを求めたのでした。

追記:Czerka Arms社

本作に登場する大企業Czerka Armsは、今ではレジェンズ(非正史)となったゲームその他メディアで展開した『Knights of the Old Republic』を始めとする作品群に登場した企業からその題を取っています。ともに「共和国そのものより古い」と評される同社は過去に過剰なまでの開発事業によって功罪深く、本作でも発展途上国にその利権の爪を食い込ませようとする貪欲な姿勢が『ファントム・メナス』におけるナブーに対する通商連合のような不穏な気配を発しています。

もう一人の異端児

しかし政治的動向に関わることのないはずのジェダイがなぜ一国の摂政を務めているのでしょう? 先王の早すぎる死によって当時わずか6歳の女王を迎えることとなったPijalの人々は自国の将来を憂い、調停者としての公正な処遇を期待してジェダイ騎士団に女王成人までの摂政派遣を乞うたのです。これに応えた評議会によってAverrossは送り込まれたわけですが、そこには少々「厄介払い」の気配もなくはなかったのでした。

Averrossもまた弟弟子クワイ=ガンと同じく優れた資質に恵まれたジェダイでしたが、奔放さではその上を行くほどの異端ぶりでした。しかし評議会は彼の野放図を前にしながら断固とした処分を取ることをせず、いわば「腫れ物」のような扱いをしていた節が窺えます。

それは、彼がそもそもの初めから「規格外」の存在として騎士団に入団していたからです。故郷や家族との執着を禁じることから生後6か月以内に訓練を開始するという規則を持つジェダイとしては異例なことに、彼は5歳になってからその能力を認められて迎え入れられました。後のアナキンを彷彿させる過去を持つAverrossですが騎士団の彼に対する取り扱いもまた、のアナキンへのものを彷彿させる不徹底ぶりを露わにするのでした。

半ば島流しのような形でPijalの摂政となったAverrossですが、ジェダイの名に恥じない責任感を発揮して幼い女王をよく補佐した彼は着実にPijalを安定へと導いて行きました。前述の統治条約も彼のリーダーシップによって進められ、これによってPijalは旧来の陋習を破って広い世界の一員となり、彼が守ると誓った女王の地位も安泰なものとなるはずだったのでした。

果たして二人の異端児によって守られることとなったPijalは恐るべきテロリストの手から逃れ、共和国の一員となることができるのでしょうか。そして一連の冒険を通じてクワイ=ガンとオビ=ワンの関係はどのような変化を迎えるのでしょうか?

「神秘」と「理性」

多くの魅力を持つ本作で特に興味深いものの一つは、映画本編でのアナキンをめぐる発言で取り沙汰された「予言」についての言及でしょう。銀河を結ぶエネルギーであるフォースを探求する宗教・哲学的集団として発足したジェダイですが、彼らは決して神秘思想にかぶれたオカルト的集団ではありません。

作中でも古代から連綿と伝えられた予言の数々に並々ならぬ興味を示すクワイ=ガンに対してオビ=ワンは飽くまでも批判的な目を向けており、二人の対立の理由の一つは師の神秘主義的思想に対する弟子の理性主義的思想にあり、それはそのままクワイ=ガンと評議会の対立の理由の一つともなって行きます。

しかし作中で語られるクワイ=ガンの神秘主義的思想への偏りは、そもそも神秘的なものでしかないフォースという明確な認識が不可能なものに対するアプローチの一つとして読み手に迫ってきます。予言への関心やフォースを通じて垣間見るヴィジョンといった諸々に重要な判断を委ねようとするクワイ=ガンの姿勢はオビ=ワンのみならず私たちにも戸惑いを感じさせますが、計り知れないものを計り知れないままに受け入れようと試みるその姿勢は、これまた実は不確かなものに過ぎない理性を賢しらに重んずるより遥かに誠実な姿勢であり、覚者ならぬ探求者ジェダイの生き方の一つとして大きな説得力を持っているように思えます。

フォースの意思という表現は、重力をよく知らない者が、それは海へと流れる川の意思だと言うようなものなのだ。(略)フォースの意思がなんなのか、われわれにはわからないのだよ。

『シスの復讐』ノベライズより オビ=ワン

後にこう語ったオビ=ワンや、後にクワイ=ガンの弟子となったヨーダよりも、そして彼らが代表した評議会よりも、「今このとき」に集中したクワイ=ガンの方が皮肉にも未来においてその正しさを証明したと言うことができるのではないでしょうか。

しかしこのような求道者的精神は「次世代育成と騎士団運営」や「銀河の秩序維持」という実際的任務に邁進していた現実のジェダイ騎士団とは絶望的に相性が悪いことも確かです。本作を通して私たちは「現在の勝者」であり「未来の敗者」となる評議会の実際的側面と、「未来の勝者」であり「現在の敗者」であることを宿命づけられたクワイ=ガンの内面を、つまり 予言やヴィジョンへの信頼から「リビング・フォース」への傾倒に至る神秘主義的思想の流れへと、分け入って行くことになります。

「愛」と「執着」

Always two there are. No more, no less. A master and an apprentice.

(奴らは常に二人。二人が組んで動く。マスターと弟子だ)

『ファントム・メナス』より ヨーダ

かつてヨーダがシスに対して放った言葉はそのままジェダイ自身にも当てはまり、彼らもまた師と弟子という密接な関係性のもとで鍛錬を積み上げて行きます。そして互いの尊重を旨とするジェダイと互いの疑心暗鬼を旨とするシスの師弟関係の違いは、そのまま両者の生き方の決定的な違いを現わしているかのようです。

Attachment is forbidden. Possession is forbidden. Compassion, which I would define as unconditional love is central to a Jedi’s life. So you might say that we are encouraged to love.

(執着は禁じられているよ。所有欲もご法度。でも無償の愛である思いやりはジェダイの精神なんだ。愛を抱くことは奨励されているんだよ)

『クローンの攻撃』より アナキン

しかしその一方でジェダイは他者への執着を禁じ、愛情を公正な判断を狂わせるものとして激しく忌んでいます。生後6か月以内に親元から引き離されるという非人間的な生育歴を持つジェダイたちですが、彼らが胸に抱く感情は存外私たちとかけ離れたものではないようです。作中のクワイ=ガンとオビ=ワンもまた師弟関係という濃密な人間関係を前に様々な葛藤で心乱しますが、そのどれもが私たちにも共有可能な普遍的なものに過ぎません。

ならば他者への献身を旨とするジェダイたちにとって、推奨される思いやりを始めとする愛情と、禁じられた執着の境はどこに存在するのでしょう?

本作ではクワイ=ガンとオビ=ワン師弟と対を成すように、AverrossとFanryの関係がフィーチャーされます。若き女王を懸命に補佐する有能な摂政としてPijalを差配するAverrossですが、彼の献身の根底には過去に不可抗力とはいえ弟子を自らの手にかけてしまったという悲劇的な記憶が横たわっていたのでした。

以来心の傷を癒しかねていたAverrossによるFanryの後援には失った弟子への贖罪といった趣が強く感じられます。しかし相手に相手とは異なる誰かの面影を投影することは悲劇の元凶にしかなりません。もはや成人の年齢を迎えようとするFanryと「保護者」として接するばかりのAverrossの間にはまるで思春期の娘と過保護な父親にも似た不穏な雰囲気が漂い、やがて双方を深く傷つけることになる悲劇へと発展して行きます。

愛情と執着。一見同じものと思える両者の違いを、本作は二組の『Master & Apprentice』の行く末を通して私たちに語りかけてきます。

参考資料

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