「私の罪は従順だったことだ。」
グイド・クノップ『ヒトラーの共犯者 下』より
かの悪名高きアドルフ・アイヒマンよろしく、善良であり得たかもしれない多くの人々はその心根の邪悪さによってではなく、想像力の欠如や盲目的忠誠心によって身の毛もよだつ悪行を行うものではないでしょうか。否、心根が邪悪とされる人々にあってもなお、その根底に横たわるのは己の所業がもたらす残酷に対する想像力の欠如や盲目的独善ではないでしょうか?
銀河帝国が誇る〈デス・スター〉が残虐無比の殺戮兵器であることは言うまでもなく、それを生み出した皇帝パルパティーンや暗黒卿ダース・ベイダー、グランドモフ・ターキンたちが己の欲望のためには人々の犠牲などなんとも思わない「邪悪な人々」であったことは言うまでもありません。
しかし実際に〈デス・スター〉建造に関わり、その運営に関わり、その防衛に努め、その主砲を放つことでオルデラン数兆の民に無慈悲な死をもたらしたのは、恐るべきシスの暗黒卿でも冷酷非情なグランドモフでもない、名もなき帝国軍関係者たちでした。
はたして彼らはどのような想いで〈デス・スター〉建造に関わり、その運営に尽力し、無辜の人々を葬り去る主砲の引き金を引いたのでしょうか?
帝国の理想に対する心からの賛同とともに?
憎き反乱同盟軍に対する闘志に燃えながら?
それとも逃れえぬ命令を前に自らを欺きながら?
多くの帝国軍人たちは、――そしてもしかしたら反乱同盟軍の一部の人々ですら――そうであったかもしれません。しかし本作に登場する人々はそれら「凡庸な悪」に染まることを拒絶し、自らの手で運命を切り開こうとして行くのです。
Who’s the more foolish, the fool or the fool who follows him?
(馬鹿に従う者はもっと馬鹿だ)
『新たなる希望』オビ=ワン・ケノービの台詞より
「馬鹿に従う救いようのない馬鹿」になることを全身全霊で拒絶した主人公たちの力強いこの物語は、銀河帝国ほどの巨悪でなくとも日々「馬鹿に従う救いようのない馬鹿」であり続ける居たたまれなさと無縁ではいられない私たちの心に、普遍的な感動を投げかけてくるのです。
あらすじ
人、みな〈デス・スター〉へ
本作には明確な主人公は存在せず、〈デス・スター〉に関わった多くの人々の群像劇という形で物語が進行します。まずは当然ながら帝国軍人たち。
帝国屈指のエースパイロットとして鳴らすヴィリアン・ダンス少佐は〈デス・スター〉防衛を担うTIEファイター部隊の指揮を執り、同じく帝国屈指の砲手として名を馳せるテン・グラニート上等兵曹は夢であった「銀河一でかい銃」スーパーレーザー砲の主任砲手となったことで誇りに胸膨らませ、格闘技テラス=カシに練達したノヴァ・スティル軍曹は〈デス・スター〉内の警備兵に抜擢され、多くの情報に精通するアトゥア・ライテン中佐は〈デス・スター〉内に設置された図書館の司書に任じられ、共和国時代から軍医としてその腕を振るった”ウリー”という通り名で知られるコーデル・ディヴィニ大尉は帝国の強制によって心ならずも帝国軍医として〈デス・スター〉に赴任することとなります。
そして数奇な運命は軍人だけではなく多くの民間人たちをも〈デス・スター〉へと引き寄せて行きます。
カンティーナ経営者ミーマ・ルーセスとその用心棒ロードは〈デス・スター〉内の娯楽エリアに店を構え、予期せず政治犯とされてしまったティーラ・カーズは建築家としての素養によって〈デス・スター〉建造計画に徴用され、これまた予期せぬトラブルによって罪人となってしまったセロット・ラテュア・ディルは持てる限りの手練手管を用いて〈デス・スター〉に侵入し、新生活への活路を見出そうとします。
望むと望まざるとに関わらず〈デス・スター〉に引き寄せられた彼ら彼女らとは対照的に、帝国のトップでしのぎを削り合う高級将校たちは自らの意志で〈デス・スター〉の地を踏みます。
建造責任者として総指揮を執るグランドモフ・ターキンは自ら生み出した「恐怖による統治」の要となる超兵器の完成を心待ちにし、同じく帝国の重鎮でありながらターキンの下位に甘んじるコナン・アントニオ・モッティは密かに自身の野望を燃え立たせ、シスの暗黒卿ダース・ベイダーは皇帝の懐刀としての権威を振りかざしつつ反乱分子絡みのトラブルシュータ―としてその剛腕を発揮するのでした。
厳格な規律によって人々を統制する銀河帝国を象徴する人々。そして厳格な規律によって締めつけられながらも自らの内に眠る感情や衝動と向き合い、為すべきことに目覚めて行く人々という対立構造を軸としながら物語は進みます。
また本作のもう一つの魅力として、ルーク・スカイウォーカーによるジェダイ騎士団復興と古代シス卿の復活を主軸としつつも〈デス・スター〉建造に関わった者たちにまつわる物語でもあった『ジェダイ・アカデミー三部作』からのカメオ出演者たちの数々が、レジェンズ小説に馴染み深いオールドファンたちの心をくすぐります。
「新たなる希望」とともに
自ら望んで足を踏み入れた者以外の人々にとって、〈デス・スター〉での勤務は単に割り当てられた任務、または仕事に過ぎないものでした。軍人たちは熱意の差こそあれ帝国の大義を奉じ、請負業者や民間人たちは既成秩序に守られた旨味のある仕事として、これまた熱意の差こそあれ帝国のための労働に勤しんでいたのです。しかし一発の砲撃が、そのすべてを狂わせてしまいます。
惑星をも一撃のもとに滅ぼす〈デス・スター〉の存在は、その存在そのものがもたらす脅威によって銀河に秩序をもたらすはずでした。その建造運営に関った誰もが、少なくとも上層部を除く多くの人々は、その恐るべき破壊力を実際に行使し、惑星を滅ぼし、膨大な数の人々を虐殺するとは思ってもみなかったのでした。
オルデランのあとでは、中立などという立場は存在しない。
本書より
〈デス・スター〉による無思慮な破壊行為は、惑星のみならず多くの人々をつなぎとめていた帝国への忠誠心までも破壊してしまったのです。志を同じくした主人公たちは自分たちが可能な範囲で”行動”を起こすことを決意。しかし時を同じくして〈デス・スター〉内では囚われのレイア・オーガナを救い出さんと反乱者たちが騒動を巻き起こし、やがて反乱同盟軍の本拠地ヤヴィン4を舞台とする一大決戦の火蓋が切って落とされます。
果たして己の信ずる道を歩むと決心した人々はどのような活躍を繰り広げるのでしょうか? そして彼ら彼女らを待ち受ける未来は? 「運命の時」に向かって駆け下る〈デス・スター〉を舞台に、知られざる反乱者たちの戦いが始まります。
『ローグ・ワン』と本作
2007年に刊行された本作は現時点では「レジェンズ」(非正史)とされ、ディズニーによる監修のもと推し進められる現行のカノン(正史)作品群からは外れた作品となっています。しかし本作と同時代を描き、本作と同じく〈デス・スター〉をめぐる戦いを描き、本作と同じく組織に属しきることのできないはぐれ者(Rogue)たちを主人公とするという点で、映画『ローグ・ワン』との相似性に想いを馳せざるを得ません。
もちろん〈デス・スター〉開発環境をめぐる諸設定が大きく改変され、反乱軍ではなく帝国軍のRogueたちを主人公とし、ほぼ〈デス・スター〉だけを主要舞台とする「グランドホテル形式」で展開する本作と『ローグ・ワン』ではその設定、物語構成、規模感どれをとっても大きく異なるものです。
しかしこの両作品はともに、勧善懲悪を基調とするスター・ウォーズ物語にあって善悪に二分することなど不可能な人間たちの種々相を描くことでそのリアリティを向上させ、映画作品で繰り広げられるルークら主人公たちの活躍の裏に様々な歴史に名を残さぬ人々の貢献があったことを示唆することで物語に深みを与えているのです。
シス帝国の限界
The more you tighten your grip, Tarkin. The more star systems will slip through your fingers.
(押さえつければ押さえつけるほど、それだけ人々の反発は強くなるのよ)
『新たなる希望』レイアの台詞より
圧制者ターキンを前に放たれたレイアの言葉は、恐怖による統治をモットーとする銀河帝国の限界をいみじくも言い当てています。銀河帝国は倫理道徳以前に有効性の面で大いに問題のある統治方法を取っているとしか言えません。
倫理道徳を脇に置いて議論するならば、確かに広大すぎる国土と膨大すぎる人口を効率よく統治し反乱の芽を摘み取るためには、圧倒的武力による裏打ちによって反乱分子を委縮させるという方法は一定の効率を約束するかもしれません。そして自らの野望達成のためにはあらゆる残虐な手段を辞さないシス卿や、それに準ずる非情なモフのような人々にとって、実際にその武力を人々の上にふるうことに対して一切の躊躇いを感じないものでしょう。
帝国の運営方針はまさに「目的のためには手段を選ばず」式のマキアヴェリズムと言う他ありませんが、同じマキアヴェッリはこうも言っています。
人間は、百パーセント善人であることもできず、かといって百パーセント悪人であることもできない。だからこそ、しばしば中途半端なことをしてしまい、破滅につながることになるのだ。
塩野七生『マキアヴェッリ語録』より
スター・ウォーズ銀河のみならず私たちが住まう世界でも多くを占め、またおそらく私たち自身もそうであるところの「中途半端な人々」は、惑星を丸ごと破壊し得る力などというものを前にし、それを実際に行使して数兆に及ぶ無辜の人々を虐殺するなどという残虐行為を平然と行う人間や組織になどついて行けるものではありません。その行き過ぎた残虐は身内からすら厭われ、やがて諸々の怒りや憎しみや悲しみは帝国を内から腐らせ崩れ落ちさせる要因となって行きます。
本作で活躍する主人公たちもまた、必ずしもはじめから帝国に対する叛意を胸に抱いていたわけではありません。ある者は銀河の正当政府として忠誠を誓い、ある者は誰になろうと変わりはしない支配者としてその存在に注意を払わず、反乱同盟軍との戦いなど銀河の彼方で起こっている他人事でしかない者が大半であったのです。
行き過ぎた残虐行為は「支配の道具」どころかその妨げにしかならないことを理解できないシス卿とその同調者たちは、その苛烈さによって権力を我がものとしておきながら、同じ苛烈さによって自らの権力を掘り崩していったのでした。
追記:『MEDSTAR』と『DEATH STAR』
本作はスター・ウォーズ小説の常連作家であるスティーブ・ペリーとマイケル・リーヴスの共著であり、2004年に同じく両名によって著された『MEDSTAR』もまた高い完成度を誇る作品です。こちらはクローン戦争時における軍医たちの活躍とジェダイ・パダワンのバリス・オフィーの成長を中心とする物語であり、本作に登場する帝国軍軍医ウリーのデビュー作でもあります。
過酷な戦場を舞台とした群像劇という点で両作品は趣きを同じくしており、共通して登場するウリーの視点を通して本作を『MEDSTAR』の続編とみなすことも可能でしょう。若き日のウリーは勤務地であった熱帯惑星ドロンガーに派遣されたバリスと絆を結んだことでその毅然とした生き方に感銘を受け、やがてその体験が彼が後半生に大きな影響を及ぼして行くのでした。
参考資料
本記事でご紹介した『デス・スター』は既に絶版であるため、各種ECサイトでのご購入がおすすめです。
また本シリーズの根幹となる映画作品に触れるには全作品を網羅したDisney+でのご視聴がもっとも効率的です。
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