『ブラッドライン(上・下)』〈スカイウォーカーの道〉【カノン小説】

カノン小説
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本作は反乱同盟軍の勝利から約20年後、憎むべき独裁国家銀河帝国が倒され往年の共和制を復古させた新共和国統治時代を舞台としています。しかし当初こそ有能な指導者モン・モスマの指導のもと機能していた新共和国も、彼女の引退とともに衰退の一途をたどり、いまや果てしない論争と足の引っ張り合いが支配する旧共和国末期と同様の惨状を呈しています。

独裁制が憎むべきものであることは論を俟ちませんが、民主制が手放しで称賛さるべきものではないということもまた論を俟たないでしょう。遠い昔、私たちの銀河で民主制の始祖と謳われる古代アテネもまた、その黄金期はペリクレスという有能な指導者に率いられることでその力を発揮し「外観は民主制だが内実はただ一人の男が支配する国家」と評されたと言います。そんな彼の死後は歴史上「衆愚政」と呼ばれる停滞期が続き、やがて独裁制への扉を自ら開くに至り、そして滅亡して行きました。

遠い昔、遥か彼方の銀河に存在した彼の国もまた、ペリクレスに比すべき偉大な指導者を失い衆愚政の泥沼に浸かっています。「歴史は繰り返す」の言葉通り、新共和国もまたこの苦しみに耐えかねて独裁制への扉を自らの手で開けてしまうのでしょうか・・・?

「バランス」なき政府

物語当時の新共和国政府はすべての加盟国の平等な主権保持を理想とする「ポピュリスト」と、より中央集権的な政体を理想とする「セントリスト」という真逆の理念を掲げる政党によって二分されています。

―「権力を手にしたいという願いは人々に恐ろしいことをさせる。(中略)」

―「ポピュリストは権力を恐れる」

それぞれポピュリストの重鎮であるレイアと、セントリストのルーキーであるランソム・カスタルフォが交わし合う言葉によって端的に言い表されているように、互いの政党はそれぞれバランスを欠いた弱点を抱えています。

衆愚と混沌の泥沼を避けるべく中央集権を希求するセントリストが向かう先には紛れもない独裁制の闇があり、独裁制の闇を恐れるあまり権力の行使を恐れるポピュリストの向かう先には紛れもない衆愚と混迷の泥沼が口を開けています。両党が掲げる理想はどちらにも一定の理があり、善悪で一刀両断にして済む問題ではないでしょう。SW銀河を永遠に二分するフォースのライトサイドとダークサイドのように、本来はその二者の間でバランスをとることこそが重要であるにも関わらず、両党は互いをののしり合って自らの正当性を主張することしか頭になく、バランスなど薬にしたくともありません。そしてそこに「バランスをもたらす者」が現われる可能性も望み薄のようです。

帝国の信奉者たち

レイアたち反乱同盟軍出身者が多くを占めているらしいポピュリストに対して、セントリストを特徴づけるのはその帝国礼賛の思潮でしょう。本作の主要人物の一人であるカスタルフォ議員ははっきりと帝国への憧憬を表明し、あまつさえ帝国時代の軍服やヘルメットをコレクションしているとあってレイアから大いに顰蹙を買うことになります。

しかし彼の帝国礼賛は飽くまでもその強力な統治能力に対するものであり、皇帝やベイダーをはじめとする帝国の運営者たちには辛辣な批判を叩きつけています。さらには彼自身も幼い頃に両親ともども帝国によって奴隷のように使役され、孤児として生死の淵をさまよった経験さえもっているという「帝国の犠牲者」の一人ですらあるのです。

彼にとって帝国という存在は憎むべき残忍な圧制者であったと同時に、現状の混迷を打破し得る力を秘めた学ぶべき仇敵でもあるのです。彼の一見倒錯した思想はしかし、私たちにも十分共感可能なものではないでしょうか? 私たちもまた独裁制や全体主義を否定しつつ、混迷に喘ぐ現状に対して強力な一者または一組織による痛快な現状打破を望んでみたりはしないでしょうか? 一見軽薄で、世間知らずな、しかし芯の強さを隠し持ったカスタルフォというキャラクターは大きな説得力をもって読み手に迫ってきます。

しかしセントリストの帝国信奉者たちが皆カスタルフォのような論理的葛藤を秘めた複雑な人物ではありません。彼以外の信奉者たちにとって「帝国」とは飽くまでも強力な「支配」の輝ける象徴と同義であり、それを奉じる者たちのなかに存在するのは、自らが強者として従順な人々を従え踏みにじる快感への陶酔があるだけなのです。そのような人物の代表として、本作はカリース・シンディアンという格好の「悪役」を配し、彼女を筆頭とする人々の野望こそが本作のあらすじの骨子であり、またこの物語の後に続く「シークエル三部作」の骨子ともなって行くのです。

「ファースト・オーダー」の足音

本作のあらすじはバランスなき政体に喘ぐ新共和国にもたらされた一つの要請から始まります。帝国の衰退と同時に没落したハット族に代わって台頭したギャングの首領リンリヴィン・ダイ率いる犯罪シンジゲートの被害を訴え、その調査と対処を求めるかつての戦友イェンダーの訴えに心動かされたレイアは元老院の許可を得て自ら実地調査に乗り出すものの、憎むべき政敵カスタルフォと行動を共にすることになってしまいます。

しかし旅をともにするうちに互いの内面を知り合った二人はやがて党派や思想の違いを越えて友情を結びます。二人は不可解な急成長を遂げたシンジゲートの背後関係を追究するうちに恐るべき武装勢力であるアマクシン戦士団をはじめとする巨大な闇を察知。新共和国の屋台骨すら揺るがしかねない真相を前に慄然とします。果たして彼らの目的は? そして彼らを背後から操る者の正体は? 

やがて物語の流れは一つに収斂して行き、EP7で大いなる脅威として登場した「ファースト・オーダー」の存在が地平線上にその姿を現します。しかし後に銀河史を震撼させる存在が登場する前に、別の意味で銀河史を、そしてレイア個人をも大きく揺るがすある真実が、彼女の人生そのものを覆そうとしていました・・・。

「レジスタンス」の足音

きっかけは、まったくの偶然によって発見されたベイル・オーガナの遺言でした。反乱運動の渦中に身を置く自身の立場の危うさを十分に認識していた彼の娘に対する深い愛から発した行動はしかし政敵たちによって最悪の形で利用され、レイア・オーガナは「ダース・ベイダーの娘」であるという事実がついに白日の下に曝されてしまいます。それは政界を揺るがす一大スキャンダルであることは言うを待たず、彼女自身すらも未だ受け入れ切れていない唯一のトラウマの暴露でもありました。

銀河の大半から背を向けられ、長きに渡った政治生命を絶たれたレイアはそれでも懸命に己の責務を果たし、新共和国を揺るがす動きへの警鐘を鳴らし続けることを決意します。物語後半は数少なくなった同志たちとともに数々の冒険を潜り抜ける彼女の雄姿で満ちていますが、その結末はあまりにも無惨なもの。議会を踊らせるばかりの無能な政治家たち、その中でとぐろを巻く陰謀家たち、そのすべてに絶望したレイアはついに議会から身を引くことを決意します。

しかしそれは単なる逃避ではありませんでした。迫りくる脅威の足音を前に、もはや機能不全に陥った政府の一員として心身をすり減らすのではなく、再び戦士として脅威と戦うという決意に他ならなかったのです。

ブラッドラインを越えて

本作でもっとも印象深いのは、レイアにとって憎悪の対象でしかなかった父ダース・ベイダーを、初めてアナキン・スカイウォーカーとして捉えることができた心の機微にあるのではないでしょうか。すべての努力を踏みにじられ、愛すべき盟友を卑劣な手段で陥れられ、それらを為すすべなく見ていることしかできない己の無力を噛み締めたレイアは心の奥に制御しきれないどす黒い怒りの塊を見出します。それは紛れもなく暗黒面へ至る道であり。そして紛れもなく暗黒面へ至る「切実」を理解する道でもありました。

 父がなぜダークサイドに堕ち、ダース・ベイダーになったのか、レイアはよく考えたものだった。野心、飽くなき権力への渇望、あるいは心の弱さ、きっとそれが原因だろうと勝手に思いこんでいた。もっとましな理由、たとえば誰かを救うためとか、とてつもない不正に報復したいという願いがそのきっかけだったかもしれないと考えたことは、一度もなかった。けれど、それがついには邪悪へと父を導いたにせよ、最初のきっかけは忠誠心、正義感、愛から生まれた衝動だったのかもしれない。

 真実は決してわからないだろう。だが、何十年もたったいま、レイアは初めてこう思った。ダークサイドに堕ちる前のアナキン・スカイウォーカーだった父は、つらい戦争をジェダイとして戦い、長い闇を生き延びた。それができるだけの善を持っていたにちがいない、と。

レイアはこの瞬間、真実を知って以来初めて忌むべき怪物ダース・ベイダーをリアリティある人間として認識したのではないでしょうか。EP6における皇帝の間での決戦におけるルークのように、自身と同じ弱みを持つ人間としてダース・ベイダーを、アナキン・スカイウォーカーを認識したのではないでしょうか。そしてそれはこの先長い長い道のりとなるであろう、「父への理解」の出発点であったのではないでしょうか。

というわけで政治史の流れを除けばレイアの「血」との相対が印象的な本作ですが、タイトルである「ブラッドライン」(BLOOD LINE)が意味するところは「血脈」だけなのでしょうか? 「LINE」という単語は「道」や「方針」という意味も持ちます。本作はレイアがその血の絆と相対する物語であることはもちろん、再び己の血を流して戦う覚悟を、人々に血を流させる責任を負う覚悟を、敵の返り血に手を汚す覚悟を固めて行く物語でもあり、父アナキンや兄ルークとは異なる形で「銀河にバランスをもたらす」道を歩み直して行く物語とも言えるのではないでしょうか?

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