There will be a substantial reward for the one who finds the Milennium Falcon,
(ファルコンを見つけた者にはたっぷり賞金を出す)
『帝国の逆襲』中盤で〈ミレニアム・ファルコン〉追跡のため、ダース・ベイダーは銀河中から腕利きの賞金稼ぎたちを駆り集めます。本作の主人公ボバ・フェットは、そんな銀河屈指の賞金稼ぎたちの一人としてスクリーンに登場したのでした。
you are free to use any methods necessary,
(どんな手を使おうと構わんが――)
but I want them alive,
(殺してはならん)
No destructions.
(破壊もするな)
この場面で私たちは否が応でも彼に注目せざるを得なくなります。銀河に死と破壊をまき散らす恐るべき暗黒卿がわざわざ釘を刺すこの男は何者なのか。この二人には過去に面識あるいは因縁でもあるのではないだろうか・・・。本作は、誰もが一度は心に浮かべたであろう疑問の答えを明らかにする作品となっています。そう、やはり暗黒卿は相当の根拠をもとに上記の一句で賞金稼ぎたちへの、と言うよりボバ・フェットへの、指示を締めくくっていたのでした。
時は『新たなる希望』の少し前。ある帝国軍人の裏切りと逃亡によって物語の幕は上がります。
あらすじ1:カーダ大佐の乱心
当時すでに銀河有数の評判を勝ち取っていたボバはダース・ベイダーに召喚され、裏切者の追跡を命じられます。賞金首となったのはカーダという名の帝国軍大佐。賞金獲得の条件は上官である将軍を殺害して行方をくらましたカーダの捕縛もしくは抹殺。そして彼が間違いなく所持している「箱」を決して開封することなくベイダーのもとへ届けることでした。
一見して不可解な依頼と言うほかありません。軍内の裏切者追跡に皇帝の腹心たるベイダーがわざわざ関わる必要などなく、あったところで彼が手足として駆使できる兵員など無数に存在するはずです。この依頼の真の目的が件の「箱」にあることは明確です。いったいどういう理由で? しかしボバにとって問題は提示される賞金の額に過ぎません。狡猾な暗黒卿から出させられる限りの大金を約束させたボバは自分の愛機〈スレーヴⅠ〉に密かに追跡装置がつけられていることも承知のうえで仕事に取り掛かったのでした。
件のカーダ大佐は謎に満ちた人物です。総じて部下たちから尊敬されていた彼は、脳を破壊しない限り身体をバラバラにされても蘇るという驚異的な生命力の持ちイカリー族との苦しい消耗戦を戦い抜き、ついには恐るべき生物兵器を投入して辛くも勝利を収めたという経歴の持ち主です。しかし戦勝に沸く陣営でカーダは上官を殺害。一転して裏切者へと堕ちてしまったのでした。
彼は戦争の狂気に蝕まれたのでしょうか? 思えば当時を振り返る帝国軍人たちの回想を通して描かれる不死身のイカリー族との戦いや恐るべき生物兵器投入の様子は、神出鬼没のベトコンとの戦いに精根をすり減らし、恐るべきナパーム弾や枯葉剤を投入したベトナム戦争を彷彿させます。カーダ大佐もカーツ大佐よろしく戦争の狂気に呑み込まれて行ったのでしょうか?
どうやらそうではないようです。彼を狂気的振る舞いへと導いたのは、彼がその逃亡中決して肌身離さず持ち歩き、ベイダーが何よりも欲した「箱」にあるようなのです。
あらすじ2:パンドラの箱
優れた洞察力でカーダの居所を特定して行くボバは、ついに辺境惑星マリックス・マイナーのカルト教団のもとに身を潜めていることを突き止めます。賞金獲得に向けて着々と仕事をこなして行くボバはしかし、自らの背後に気を配ることも忘れていませんでした。
ことあるごとに背後をつけ狙うならず者の一人を締め上げたボバは暗黒卿の卑劣な計画を知るに至ります。どこまでも他者を信用しないベイダーは、ボバが「箱」の正体を知るやそれを手放そうとしないであろうと憶測し、使い捨てのならず者たちを放って「箱」を手に入れた彼を抹殺するよう命じていたのでした。いったいあの暗黒卿はなにをそれほど恐れているのか・・・。ボバの不審はしかし、「箱」の正体を知るに及んで氷解したのでした。
カーダはイカリー族との戦いに際して彼らの戦意を挫くため、彼らの尊敬を集める女予言者セレストリーナを人質としていました。帝国への恭順を拒む彼女は服毒自殺を図るもののその未来予知能力を惜しんだカーダは毒が回り切る前に彼女の首を切断。首だけで生き延びている彼女を「箱」に収めたのでした。しかし首だけになった彼女はカーダの未来を予知。それはまるで自らの種族を滅ぼした者への復讐ででもあるかのように彼の心を蝕み、やがて殺人者へ、そして裏切者へ、最後には惨めな逃亡者へとその人生を狂わせていったのでした。
帝国の英雄を狂わせ、暗黒卿を躍起にさせる「箱」の正体。それは未来を見通す予言者の頭部だったのです。しかしそれは決して人間が触れてはならぬ「パンドラの箱」であることも明らかです。首尾よくカーダを追い詰め「箱」を手にしたボバは未来を教えようかと問いかけるセレストリーナの誘いを無視し、自ら「箱」を奪い取らんと迫りくる暗黒卿との対決に備えるのでした。
あらすじ3:火山惑星の決闘
多くの人々が為すすべなく切り伏せられるしかないダース・ベイダーを相手に互角に近い立ち回りを見せるボバは、銀河屈指の賞金稼ぎという評判を証明。ついにそのヘルメットに傷を負わせるまでの奮闘ぶりを見せます。奇しくも『シスの復讐』でオビ=ワンとベイダーの死闘が展開した惑星ムスタファ―と同じく火山惑星であるマリックス・マイナーで繰り広げられる死闘は本作屈指の名シーンと言えるでしょう。
面白いのは『クローンの攻撃』では父ジャンゴがオビ=ワンとの戦いから逃れる際に〈スレーヴⅠ〉のドアにぶつけて、『クローン・ウォーズ』未公開作品では宿敵キャド・ベインとの一騎打ちの際にブラスターの攻撃を食らって、という風に描写されてきたヘルメットの傷の由来がここでいち早く描かれていること。また、父子そろってその故障が鬼門となった「役立たず装備」ジェットパックがしっかり大活躍するなどファンサービス的展開も必見です。閑話休題。息を呑む激戦の果てにボバは窮余の一策を展開。ある「Destruction」によってとうとうベイダーを狼狽させるという大戦果を挙げることで辛くも死の刃をかわすことに成功したのでした。
報酬もなく、ただ命一つを拾って生き延びたボバはしかし、決して無駄な仕事をしたのではありませんでした。彼の驚くべき能力はその後もベイダーに強い印象を残し、セレストリーナの忘れ形見は彼にささやかな富をもたらしたのですから。一方、念願の「箱」を手に入れたベイダーは彼女を通して自らの「未来」を垣間見るのでした・・・。
未来に心奪われる者、奪われぬ者
「未来を見ることができる」と言われれば多くの人は激しく心を揺さぶられるのではないでしょうか? なぜ人は未来に惹かれ、囚われるのでしょう? もしかしたらそれは、どれほど確信に満ちた人生を歩んでいる者でも「不安」からは逃れられないからではないでしょうか? 本作のベイダーをはじめとして、シスの道に生きる人々を代表する感情の一つに「不信」が挙げられます。そして「不信」とは「不安」と直結した感情とは言えないでしょうか? ベイダーの人生はアナキン時代から常に「不安」と隣り合わせでした。人並外れた「不安」を心に宿すベイダーは、それゆえに人並外れて未来を知ることに激しく執着したのではないでしょうか?
しかしセレストリーナは未来を知ることの無為を説きます。未来の自分を知ってしまうことは今を生きる自分の人生を無為にしてしまうことに繋がり、そのような能力や知識は恩恵ではなくもはや呪いでしかないのだと。本書が刊行された1999年当時、未だ人々はアナキン・スカイウォーカーがどのようにしてダース・ベイダーへと変貌するのかを知りませんでした。しかし彼に関する多くが明かされた現在の視点から読むと、この一句は彼の人生の一端を言い表しているように読めます。
彼は『クローンの攻撃』で母の死の未来に心乱され、『クローン・ウォーズ』シリーズの1エピソードで己自身の未来に心乱され、『シスの復讐』で妻の死の未来に心乱され、それらを実現させまいという足掻きによって暗黒面へと道を踏み外して行きました。ダース・ベイダーは未来に心奪われた者の成れの果てと言うことすらできるのではないでしょうか?
対照的なのは本作の主役ボバ・フェットです。彼はおそらくその苦難と克服で埋め尽くされているであろう人生経験から誰に言われるでもなく未来に囚われることの無意味を悟っており、セレストリーナの誘いをあっさりと退けています。マリックス・マイナーにおける激戦も、ボバもまた自分と同じく未来を知ることに執着すると思い込んだベイダーによる一方的な「売られた喧嘩」に過ぎませんでした。
本作はSW屈指の人気キャラであるボバ・フェットの活劇を描くに留まらず、未来に心奪われる心弱き者として描かれるベイダーを引き立て役として、同じく悪にまみれた道を歩みながらも自らを見失うことなく自信に溢れた足取りで銀河を股に掛ける、彼の人格的魅力をも物語る快作と言えるのです。
蛇足:おたくのたはごと
本作は未邦訳作品であり、手探りでの読み解きであることから内容に誤解がありましたらお詫びいたします。キャラクター名などの日本語表記に関しては日頃参考としているウーキーペディア日本語版にも本書に関する記述がなかったことから『週刊スター・ウォーズ ファクトファイル』中のボバ・フェット記事の内容より引用いたしました。
と こ ろ で 、
本記事のアイキャッチに使用しているカバーイラスト、実にクールですよね。私が本書の存在を知ったのは『スター・ウォーズ・テールズ』巻末のスピンオフ作品一覧によってでしたが、火山を背景に対峙するベイダー&ボバの姿に激しく興奮した私は本書をいつか読んでみたい憧れの未邦訳作品No.1と思い定め、持てる想像力をフル回転させてそのストーリーに思いを馳せたものでした。当時身近にネット環境もなければ、kindleによって古今東西の書物に触れることもできなかった当時を思えば、いまこうして翻訳の手間を耐えさえすれば憧れの作品をひも解けるということに感動と隔世の感を抑えきれないのは私だけではないはずd…以下略
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