『千の顔をもつ英雄』【関連書籍】〈私たちはそれをスター・ウォーズという名で〉#5:フォースに惑う者たち

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本記事はジョージ・ルーカスが絶大な影響を与えたとされる神話学の大家ジョゼフ・キャンベルの著書『千の顔をもつ英雄』をベースに、その要諦と『スター・ウォーズ』への影響を考察することを目的としています。過去の記事はこちら#1 #2 #3 #4

第二章 イニシエーション

女神との遭遇

「勇敢な英雄と美しい乙女との幸福な結婚」によるハッピーエンドは、神話や叙事詩お決まりの幕切れです。著者はあらゆる英雄が魅了される「美しい乙女」を、人の深層に潜む「良き母」への憧憬であると言います。

美女は母であり、姉であり、恋人であり、花嫁となる。現世でのどんな誘惑も、どんな喜びの約束も、この美女の存在につながった。(略)美女は約束された理想の化身であり、どうにもならない不都合に満ちた世界をさまよった後にはかつて経験した至福を再び経験するだろう、という魂の確信であり、ずっと昔に出会い触れもした、私たちを慰め育んでくれる「良き」母――しかも若く美しい母なのである。

人間とは結局のところ、絶対的な安心感に身を任せることができた母の懐へ戻りたいという憧憬を持ち続けるのでしょう。しかし母への憧憬は、あらゆる願望や衝動と同じく、必ずしも邪な歪みとそれがもたらす後ろめたさとは無縁でいられないのです。著者は「良き母」に対応する「悪しき母」のイメージにも言及します。

裸体を盗み見たアクタイオンを死に追いやるアルテミス(出典:Wikipedia

存在そのものが危険な欲望への誘惑になってしまう(略)母で、これは大人になっても幼児期の記憶という隠された領域に潜み、より強くなることもある。悪しき母は、貞節で怖い女神ディアナ(アルテミス)のような、手の届かない偉大な女神像の根底にある。

『スター・ウォーズ』においてオビ=ワンとベイダーが、強いファザーコンプレックスの持ち主であるルーカスにとっての「良き父」と「悪しき父」の反映であるというのは広く知られる話です。私が本項を読むにつけて頭に浮かべたのは、『スター・ウォーズ』の根幹を成す概念「フォース」に関する「良き母」と「悪しき母」の面影です。

女性は、神話の図像言語では、認識できるものの総体を表す。

フォースはすべての生命を司る「地母神」であり、その意思を人間がうかがい知る方法はありません。すべては人間の理解を超えた範疇で動き、どれほど強力なジェダイもシスも、ときに慈愛に満ちときに残酷極まりない「彼女」の意思を読み取ることはできないのです。

フォースの意思という表現は、重力をよく知らない者が、それは海へと流れる川の意思だと言うようなものなのだ。(略)フォースの意思がなんなのか、われわれにはわからないのだよ。

『シスの復讐』ノベライズより
ジェダイとシスの闘争は永遠に続く「WARS」のひとつである(出典:Wookiepedia

ライトサイドやダークサイドといった区分すら、ジェダイとシスという解釈者がつくり出した便宜上のものに過ぎないのでしょう。

フォースは光と闇を通り越したさらにはるか彼方にその本質が存在し、ジェダイもシスもその表層に浮かぶ一面のみを感じ操るだけの影人形に過ぎないのかもしれません。

女神は子宮であり墓であり、自分が産んだ子豚を食べる雌豚である。こうして女神は「良きもの」と「悪しきもの」を統合して、記憶の中の母親が持つ二つの顔を、単に個人的なものとしてではなく普遍的なものとしても見せる。

”モテない男の脳内では、女性は「聖女」と「売女」に二極化される”という俗諺がありますが、現実生活における異性観、神話における女神観、『スター・ウォーズ』におけるフォース観に共通するのは、安易な良し悪しや二極化ではなく清濁併せた「冷静な熟視」が求められるということに尽きるでしょう。

冷静な熟視ができれば、精神は幼稚で不適切な感傷や憤りを一掃でき、禍か福かという幼稚な人間の都合で決める「良きもの」「悪しきもの」として存在するのではなく、存在の本質が持つ原理やイメージとして存在するこの計り知れない女神に、心を開くことになる。

世俗の感覚で言うならば、例えば異性との関りの少ない者のなかの意識において、異性は「聖」と「邪」の二分化が進み、清濁あわせ持った生身の人間としての像を結ぶことが困難になります。

神話や物語の感覚で言うならば、小市民的なモラルや常識でジャッジメントしてしまうことで神々や英雄の壮大な寓話はせせこましく意味不明なものへと変貌してしまいます。そして『スター・ウォーズ』の感覚で言うならば、ライトサイドとダークサイドといった二元論的思考に縛られることによって、それぞれがそれぞれにとって都合の良い「フォースの意思」なる錯覚に基づいて行動し、衰亡を繰り返して行くのではないでしょうか。

創造と破壊、生と死を司る女神カーリー(出典:Wikipedia
光りと闇、フォースのバランスを表すシンボル(出典:Wookiepedia

英雄はそれを認識するようになる人間だ。英雄が人生という緩やかなイニシエーションを進むにしたがって、女神の姿は英雄にあわせて次々と変容する。(略)見る者の眼力が劣っていれば、女性は本来の資質に劣る姿になり、無知という邪眼で見れば、陳腐で醜悪な状態に呪縛される。しかし理解の目で見れば、女性は救われる。

安易なジャッジメントやカテゴライズに惑わされることなく「冷静な熟視」を実現できれば、現実における異性も、神話における女神も、『スター・ウォーズ』におけるフォースも救われ、私たちもまたその恩恵を受けることで救われると言えるのではないでしょうか。

誘惑する女

しかしフォースに対する「冷静な熟視」を、プリクエル時代のジェダイたちが実現できていたかどうかということには疑問符をつけざるを得ないでしょう。ダークサイドの台頭を警戒するあまりライトサイドの側にあることに固執したジェダイ評議会は徐々に二元論的な視野狭窄に陥り、結果自らの本分を見失って政治的活動に邁進し、その信望を失ったのでした。

シス討滅に焦るジェダイたちは「政治的指導者排除」というクーデターを敢行し、公敵として断罪された(出典:Wookiepedia

いったいなにが彼らを迷妄に導いていったのでしょうか? 当時のジェダイたちが怠惰や傲慢に耽ったことによって道を見失ったとは思えません。むしろ彼らは「正しくあること」を意識し過ぎたせいで、かえってそれからかけ離れたものになって行ったのではないでしょうか?

それはフォースに仕えるジェダイの騎士だけが直面する問題ではなく、私たち自身にも大いに関連のある問題です。なぜなら私たちもまた「冷静な熟視」を欠き、自らの認識を歪ませてしまったがゆえにその視野を狭め、迷妄に陥り、信望を失ってしまうことが往々にして起こり得るからです。

一般的に私たちは、自分たちまたは友人たちの中に、有機体の細胞のまさに本質である、魅力的で自己防衛的な、悪臭を放つ肉食的で挑発的な興奮が充満しているとは認めたがらない。むしろ、芳香を漂わせ、体裁を繕い、言い訳をし、その一方で香油に落ちたハエもスープに入った髪の毛も、誰か他の不愉快な人間のせいだ、と考える傾向がある。

しかし、私たちが考え行動することのすべては必然的に肉体の臭気に汚されていると突然理解したり気付かされたりするときがあり、そうすると往々にして嫌悪感に襲われる。生きていることが、生きる行為が、生きるための器官が、そして何よりも生きることの大きな象徴である女性が、純粋で純粋で純粋な魂には耐えがたいものになってしまうのである。

光りを見つめ続けるジェダイたち(出典:Wookiepedia

人は怠惰や傲慢や邪悪ではなく、純粋さによってその認識を最悪の形にまで歪ませ得るのかもしれません。

美しいものであることは論を俟たない「純粋」は、度を過ぎれば人を現実逃避に導く厄介な魔物でもあるのかもしれません。

このオイディプス的でハムレット的な嫌悪感が魂につきまとい続けると、そこでは現世や、肉体、そして何よりも女が、勝利どころか敗北の象徴になる。すると修道士のように厳格で、世間を否定する倫理体系が、ただちに根本的に神話のイメージを変える。英雄はもはや肉体を持った女神と純潔な関係にいられない。女神が罪を背負った女王に転じてしまうからだ。

シスの台頭とジェダイ騎士団滅亡を経て自らの非を認たヨーダですら、隠棲後のダゴバにおいて暗黒面に足を踏み入れることの不可逆性を強調します。

If once you start down the dark path, forever will it dominate your destiny.(一度暗黒面に足を踏み入れたが最後、永遠にお前の運命を決してしまう)

『帝国の逆襲』より

頑なに暗黒面を拒み、恐れ、忌むジェダイの純潔主義の根底にあるのは、もしかすると現実逃避に過ぎないものなのかもしれません。

かと言って、そんなジェダイを偽善者と嘲笑い自らの欲望のままに生きるシスの快楽主義的生き方もまた、フォースの一面を過大に受け取り幼稚なエゴイズムを満足させるに過ぎない浅はかなものに過ぎないと言えるでしょう。

闇に身を浸し続けるシスたち(出典:Wookiepedia

ジェダイは生後6か月を待たず俗世間と隔離され、肉親との絆を築く間もなくジェダイとしての教義を刷り込まれます。世俗的な執着や欲望=暗黒面の誘惑に染まる前に清廉なジェダイの掟に染めるためです。そしてシスは自らの内に蓄積された執着や欲望を原動力とするために、年齢を重ねてからの修行を歓迎します。どちらの生き方も「人間性」という観点から見ると大きな屈折を感じさせるものと言わざるを得ないでしょう。ジェダイとシス。『スター・ウォーズ』を代表する英雄たちは、そのじつフォースという「偉大なる母」を前にして迷妄に惑う子どもたちという一面も持っているのではないでしょうか。

参考資料

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