『千の顔をもつ英雄』【関連書籍】〈私たちはそれを『スターウォーズ』という名で〉#1:暴君と英雄。

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本書はジョージ・ルーカスがもっとも大きな影響を受けた書籍として知られています。著者ジョゼフ・キャンベルは神話学の大家として知られ、その論説が『スター・ウォーズ』の構想に計り知れない影響力を与えたということをルーカス本人も公言しています。

そんなキャンベルの代表的著作である本書は世界中の神話に見られる共通点とその意義を主題としており、とりわけ「英雄」と呼ばれる人々が辿る旅路の共通性に言及した「英雄の旅(The Hero’s Journey)」と呼ばれる仮説は『スター・ウォーズ』のみならず多くの成功した物語に共通する構造として知られています。

しかし本書が著されたのは1949年。著者が援用する精神分析に関する諸々と同じく、現代ではすでに「時代遅れ」となったものも多く含まれるようです。しかしそういった難点をも含めて、本記事では何度かに分けて『スター・ウォーズ』の母体と言っても過言ではないこの大著を矯めつ眇めつしながら、そこにうかがえる「現代の神話」との関連性に思いを馳せてみたいと思っています。

さて、

合理が支配する世界に生きる私たちにとって、非合理な「神話」に何ほどの価値があるのでしょうか? そんなものは所詮、太古の人々が紡いだ夢物語。いっときの夢を味わうだけならいざ知らず、大真面目に学び論ずる価値など持たない骨董品。それが多くの人々の認識ではないでしょうか?

しかし私たちは太古の昔に生き、悩み、苦しみんだ人々を小馬鹿にできるほど近代的かつ合理的な頭脳と精神を持っていると言い切れるのでしょうか? 太古の人々と現代に生きる私たちは、それほど隔たった存在なのでしょうか?

「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る」

私たちが考える事々、歩む道々は名前が違うだけですでに太古の人々によって考えられ、歩まれたものであったとしたら? 存外私たちは太古の人々が考え抜き踏み固めた道をそれと知らず歩んでいるだけであるとしたら? その事実を知り、学んだ時、私たちは初めて物事を考え歩むための本当のスタートラインに立てるのではないでしょうか。

プロローグ:モノミス―神話の原型

神話と夢

神話と儀式と分析医

世界に数多ある神話を集大成することでそれらに共通する原型を、ひいては人間が持つ精神プシケの「原型」を紐解いてゆくのが本書の眼目と言えそうですが、著者が神話を読み解く上で重視するのがフロイトやユングをはじめとする、夢の解析を主とした精神分析によって導き出された成果の数々です。

強い印象を与える普遍的な神話がなくても、私たちは一人ひとりが、未発達でまだ認識されていないが密かに影響力を持つ、自分だけの夢の神々を持っている。

もはや太古の昔から続く地縁血縁コミュニティを基盤とした「神話」や「因習」から解き放たれた私たち現代人は自由な生活を満喫できるようになったことと引き換えに確かな規範を持つことのない(できない)心もとなさを胸のうちに抱えることになりました。

現代人にとって煩わしい伝統やしがらみの塊に過ぎないと思われる各地に伝わる神話や土地土地に伝わる通過儀礼イニシエーションは、私たちを縛りつけると同時に守ってもくれる口うるさくも頼れる指導者であり続けていたのですから。しかしそれら煩わしい治癒者が姿を消した後も、私たちを悩ます普遍的な病理の方はいつまでも健在のようです。それらは姿かたちこそ違えど太古の昔と同じく私たちの心にわだかまり、いつまでも私たちを駆り立ててはいないでしょうか?

実際、私たちの間で神経症の発症率がとても高くなるのは、そのような効果的な精神的救済が減少するときである。私たちはまだ儀礼を経験していない幼児期のイメージに固着し続け、大人になるために必要な道は通りたくないと思うのである。(略)目指すのは年を重ねることではなく若いままでいることであり、成熟して母親から離れるのではなく母親に執着することである。そして、夫たちは弁護士や実業家、指導者といった親が望んだ職業に就きながらも少年時代という神殿で祈り続け、妻たちは結婚して十四年も経ち、子どもも二人もうけて育てても、まだ愛の探求をやめない

幼児期の固着を捨てて新たな段階に歩を進めるという意味で、著者は部族の成員となるための通過儀礼と病理の解明と克服を目的とする精神分析の共通点を指摘します。それは日常生活からの「分離」であり、非日常的世界観への「隔離」であり、それらを経て新たなる段階に踏み出した者の日常への「帰還」であるとされ、本書の眼目となる神話の原型モノミス」「英雄の旅路」の核となるものでもあるのです。

人の精神を後ろ向きに縛り付ける傾向がある人類の昔からの空想に対し、人の精神を前向きに動かす象徴を提供するのが、常に神話と儀礼の主な機能だった。

現代社会にあって人々の心をもっとも「後ろ向きに縛り付ける」ものは承認欲求の不充足感ではないでしょうか? そして、それは実は現代人だけではなく太古の人々も含めたすべての人間たちに共通することとは言えないでしょうか?

そして各時代各地域で生まれた神話はそれらの満たし方を象徴を駆使することで示し、各時代各地域で考案された通過儀礼は時に苦痛や苦難を代償としてそれらを与え、精神分析は分析医という導き手と共にそれらを見つけ出すために存在すると言えるのではないでしょうか。つまり、神話や通過儀式は外から示され与えられる承認であり、精神分析は内から促され見つけ出す承認と言えるのです。しかし人間はそもそも何によって迷い、悩み、苦しむのでしょう。つまり、何によって承認欲求に飢えるのでしょう。

人間の精神の中でいつまでも消えない素質は、どの動物と比べても人間は母親の胸に抱かれて育つ時間が長いという事実に由来する。人間は生まれ出るのが早すぎる。外の世界と対峙するには未成熟で、準備が整っていない。

絶対的守護者である母性への執着と外から秩序や規則を押し付ける父性への反発で有名な「エディプス・コンプレックス」は、いかに言い古されたものであったとしても未だ説得力を失いません。アナキン・スカイウォーカーの悲劇の大元は愛する母との別離であり、後には愛する妻への憂慮であり、その身を気遣うあまりに肥大し過ぎた自意識であり、自身から愛するもの(母性)を奪おうとする者たちへの抑え難い怒りであり、それらとの繋がりを阻むジェダイ評議会(父性)への反発と不信であったのでした。

母シミとの別離(出典:Wookiepedia
パドメとの禁断の恋(出典:Wookiepedia

その思いやりはやがて愛する者への支配欲となり、守り包み込もうとする手はやがて愛する者を握りつぶしてしまう激情へと堕ちていったのでした。

母の死を止められなかったアナキンは愛する者への執着を強めて行く(出典:Wookiepedia
執着を支配欲へと変貌させたアナキンは妻の裏切りを疑い激昂する(出典:Wookiepedia

子宮という墓から墓という子宮へ、私たちは一周してもとへ戻る。これは、すぐに私たちの前から消えていってしまう物質の世界に、曖昧でよくわからないまま足を踏み込むことであり、夢の本質に似ている。

すべては不確かな世界と未来への不安に端を発し、不確かなものをコントロールしようとする不毛な足掻きによって招かれたものでした。そしてそういった感情の流れは決して「遠い昔、はるか彼方の銀河で」生きた英雄特有のものではなく、平凡な感性の持ち主である私たちにも容易に共感可能な普遍的感情でもあるでしょう。

ダース・ベイダーへと堕ちたアナキン・スカイウォーカーの物語が普遍的象徴の数々で成り立っているという意味で「神話」たりえているのと同じく、『スター・ウォーズ』という物語そのものもまた、普遍的象徴の数々で成り立っているのです。

私たちの前にあるのは常に、形は変わっても驚くほど中身は変わらない同一のストーリーであり、これから知ったり聞いたりするというより、むしろまだ経験していないということを執拗に暗示している。

様々なフレーバーを持つスピンオフ作品を抱える『スター・ウォーズ』ですが、その源流となる映画作品においては見たことも聞いたこともないような奇想天外な物語は存在しません。どのエピソードにもいつかどこかで見聞きした馴染みある物語の数々が綴られており、それでもなお、否それだからこそなお、私たちの琴線に触れるのでしょう。

暴君と英雄

宇宙を舞台とした戦いの記録である『スター・ウォーズ』には憎むべき強大な「悪者」が、つまり「暴君」の存在が欠かせません。

そして自分たちだけの予測不可能で危険な冒険になると約束されたものを振り返ったとき、結局見つかるものは、(略)標準的な変身物語の連続性である。

本章で著者はギリシア神話の中でも特に有名なミノス王のエピソードを取り上げ、「暴君」が生まれる過程を分析しています。神の恩寵によって王となったミノスは代償として生贄に供するはずであった立派な牡牛を私欲に負けて手元に起き続けたために神の怒りに触れ、妻は不貞を働き、息子はミノタウロスという恐るべき怪物として誕生し、それを隠すために迷宮を築き、爾来怪物の餌として多くの人々の命を奪うことを強いる「暴君」へと堕ちていったのでした。

ミノスは邪悪な人物だったのではなく、私人から王という公人になるために求められる「儀礼」つまり公に奉仕するために私欲を捨てるという理念に背くことで共同体から孤立し、それによって生じた不都合や恐怖から身を守るために人々を害する暴君へと変貌したのです。

伝統的な通過儀礼が、過去と決別し、未来に向かって生まれ変わることを教えてきたように、即位に伴う壮大な儀式の数々はミノスから個人としての衣を剥ぎ、神から与えられた王としての衣を着せた。(略)それが理念だ。しかしそのような儀礼を拒むという冒涜的行為によって、個人としての王は、共同体全体という大きな一つの単位である自分自身を切り取ってしまった。こうして「一」が壊れて「多」となり、互いに利己的に争うようになって、力でしかまとめられなくなったのである。

私欲とは、必ずしも富や名声といった浮華にまみれたものとは限らないでしょう。自分自身の命や愛する者の安全といった、求めたからといって非難のしようのないものを得たり守ったりするとこも含めて、人は「私欲」によって大きく判断を誤り得ます。

『スター・ウォーズ』における暴君を象徴するシスの末裔パルパティーンは「公に奉仕する」という権力者としてあるべき理念を拒み、ひたすら私欲を求めて無法なまでの権力を掌握しましたが、やがて周囲への不信を剥き出しにし、常人には不可解なまでの圧政を敷く暴君へと変貌します。

そしてアナキンもまた、愛するものを守りたいというそれだけならば美しい感情を軸として自意識を肥大させた挙句、ジェダイとしてあるべき理念を拒むことで精神の均衡を崩し、やがて人としての道をも踏み違え、パルパティーンと同じく常人には不可解なほどの圧政を敷く暴君へと変貌したのでした。

暴君の大きく膨らんだエゴは、周囲の事柄がうまくいっているように見えても、当人やその住む世界にとっては災いである。そして自ら独立を獲得した大物の暴君は、自ら怯え、恐怖に取り憑かれ、周囲からの予想される攻撃 ―主に自分が抱えるものに対する抑えられない衝動が投影されただけなのだが― に立ち向かうためにあらゆる手段を講じようと構えるので、心の中ではよかれと思っていても、世界に大惨事をもたらす使者になる。

両者を突き動かしていたものがなんであったにせよ、それぞれの形で「暴君」となった二人がもたらすものはその動機がなんであれ「災い」以外のなにものでもあり得ないのです。

私欲によって暴君となり果てたミノス(出典:Wikipedia
互いの私欲のために暴君となり果てたシス卿たち(出典:Wookiepedia

暴君が手をつくところでは、必ず泣き声が起こる(世間に広がる声でなくても、一人ひとりの心の中でもっと悲惨に)。それはここから救ってくれる英雄、光る剣を持つ英雄を求める声である。

暴君の圧政を前にある人々は英雄の到来を請い願い、ある人々は団結して自ら英雄たらんと戦いを繰り広げます。そして戦いはまさに光る剣を持つ英雄の登場によって大きな進展を迎えるのでした。とはいえ「英雄」とはどのような人物を指すのでしょうか? 神話における英雄の意義が、単に戦いに優れた戦士や名将だけを意味しないことは明白です。それはもっと精神的な、人間性の根本を象徴するような存在であるはずです。

英雄とは、自らの力によって服従を達成する人である。しかし何に対する服従なのか。それこそまさに、今日私たちが自らに問いかけなければならない難問であり、それを解決するのが、たとえどこにいても、英雄の重要な資質であり歴史的な行為となる。

暴君を生むのが過剰な私欲であるとすれば、英雄を生むのは無私の精神ということができるでしょう。そして無私の境地に達するために必要なのは立派な倫理道徳を学ぶことではなく、己の心の充足と安定を見出すことを措いて他にないのではないでしょうか。

エンドアにおいて〈第二デス・スター〉を擁する帝国艦隊との最終決戦に命を散らす仲間たちと別れ、結果的に帝国の象徴たる皇帝とベイダーを打倒することに成功したルークは、決して両者を凌ぐ力をもつジェダイとなったから勝利を手にしたのではありませんでした。

英雄の一番の仕事とは、二次的な意味しか持たない表舞台から身を引いて、困難を生む精神の領域(実際に困難が巣食う領域)へともぐりこんで、そこで何が問題かをはっきりさせて自分自身の困難を解消し(略)C・G・ユングが「元型イメージ」(※人の心に共通するパターン:筆者注)と呼んだものを歪曲せずに直接経験して、それと同化するまで、突き進むことである。

ジェダイ、そして「英雄」となったルーク(出典:Wookiepedia

私欲によってあるべき理念を拒絶することで腐り堕ちた皇帝やベイダーとは対照的に、何ものをも支配し得る力を前に己のあるべき理念を貫き通したルークはジェダイという象徴を用いて私たちに人間のあるべき姿、あるべき理念を体現して見せたと言えるでしょう。

私欲のために人間であることを捨てた暴君たちとの闘いの記録である『スター・ウォーズ』は、無私の境地に達することで人としてあるべき理念を体現したルークが「英雄」となり、彼によって救われたアナキンが再び「英雄」として蘇生したことで、一旦その「運命の環を閉じた」と言うことができるのではないでしょうか。

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