本書はSWに登場するテクノロジーや世界観の数々を科学的に考察することを目的とした一冊であります。しかしこの手の本は難しい。あまりに専門的な知識を駆使されると科学知識豊富な読者以外は置いてけぼりを食らい、かといってあまりに緩い考察を繰り広げられても読んでいて鼻白む。あまり真面目にやられても退屈するけれど、かといってあまりにネタに走られるとイラっとくる。
しかし一切の心配は無用です。なぜなら本書の著者ジーン・カヴェロス女史は元NASAの天文物理学者という「ガチ勢」出身であるに留まらず、SWマニアという点でも生粋の「ガチ勢」だからなのです。その熱意を表すのは本書冒頭に記された献辞を読むだけで十分でしょう。
初デートの前に『スター・ウォーズ』クイズに答えてくれた夫に本書を捧げます。よくぞ合格してくれました
というわけで(?)なにも心配はいらない。一見小難しい内容の本書を著したのはともに「我らの道」を歩むSWマニアの一人なのです。そのツボを押さえた熱意は折り紙付きと言っても過言ではありません。
公開当時は荒唐無稽な絵空事として描かれたSWにおける種々の描写が、時代とともに案外絵空事ではなくなるかもしれない・・・。そんな視点で物語られる本書には一流の科学者がその道の権威たちの意見も織り交ぜつつ、「たかが映画」に過ぎないSWで巻き起こる事象について淡々と考察を積み重ねて行く真摯な姿勢と、そこから醸し出される得も言われぬ可笑しみに充ちているのです。
【第1章 エイリアン】
それがどうした? 惑星に生命体がいるのは当然のことだろう?
EP5において辺境惑星ホスに生命反応があったという部下の報告にぞんざいに言い放たれた帝国軍士官の言葉ほど、私たちが生きる銀河とSW銀河の違いを象徴する言葉はないでしょう。そう、SW銀河には生物が存在している惑星などごく普通のことなのです。
では私たちが生きるこの銀河、もしくはこの宇宙には、私たち以外の生命体は存在しないのでしょうか? 本章では地球以外に生命体が存在するとすればどのような生命体があり得るのか、どのような形状や生態を持ちうるのか、SWに登場するような知的生命体は存在し得るのか、という主題を通して、生命が存在するための条件や生物進化の偶発性などについて語ります。
そしてそれらを通じて浮かび上がってくるのは、意外にも私たち自身の存在がもっとも印象深く浮かび上がってくるのです。そう、私たちはどれほど綱渡り的なか細い偶発の積み重ねによって誕生し、そして進化していったのか・・・。本書が面白いのは、このように単なる映画考察を越えた真面目な科学的読み物としても充分成立しているという点なのです。
しかし本書は何と言ってもSW考察本です。本章の白眉はなんといってもSW銀河に生きるエイリアンやクリーチャーの生態予想でしょう。取り上げられるのはグンガン、ウーキー、ハット、イウォーク、宇宙ナメクジ、サルラック、バンサ、デューバック、ロント、ジャワ、カンティーナに屯するならず者エイリアンたちetc…と多岐に渡りますが、その中から一つだけご紹介。
SWのマスコットキャラの一人であるチューバッカはSW屈指の義に篤い熱血漢であり、同時にSW屈指の短気者でもありますが、著者はその理由を「鼻が利きすぎるから」ではないかと推測します。著者いわく、嗅覚とは生物がもっとも早く獲得した感覚の一つであり、その情報は大脳のもっとも原始的な部位に送られるとのことです。そしてその部位の一つである偏桃体は強い感情の記憶に関わっているというのです」
周囲の人間よりも強烈な嗅覚を持つチューイーは、その分周囲の人間たちよりも良くも悪くも感情が刺激されやすいのだろう、というわけです。しかしそもそも彼の鼻がよく聞くのではなく、私たち人類の鼻が利かなすぎるのだ、とも著者は指摘します。どうやら人類は進化の過程で嗅覚細胞の受容体の形成をつかさどる遺伝子の実に72%が突然変異によって機能しなくなっており、嗅覚が大幅に退化してしまっているというのです。
そして何故チューイーはベーシックを話すことが出来ないのかという理由を、人類とチンパンジーの違いを例に説明して行きます。人類は発声するにあたって唇や舌、歯、軟口蓋、硬口蓋、喉頭など多様な部位を駆使していますが、その中でも喉頭の位置が他の類人猿と比べて低いというのです。二足歩行を始めたことによって脳の大型化、頭蓋骨と脊椎の接合部分の変化などが起こった人類は、喉頭が下がったことで音を反響させるに都合の良い空洞を手に入れたのだと。しかしウーキーは人類と同じく二足歩行でありながらも人類と同じような空洞を手に入れることがなかったため、ベーシックを話せないのではないか、と。
思えばスピンオフ作品には「言語障害がある」せいでベーシックが話せるウーキーが出てきますが、もしかしたら他のウーキーよりも喉頭の位置が低過ぎるというのがその「障害」の正体なのかもしれません。
また、なぜウーキーは故郷キャッシークでは四足歩行の方が有利なはずの樹上生活をしているにもかかわらず二足歩行をしているのでしょう? 「人類の祖先はアフリカで樹上生活をしていた頃は四足歩行だったが、400万年ほど前に気候変動でジャングルがサバンナに変わり、周囲を見通すに有利な二足歩行に移行した」それがもっとも一般的な定説ですが、著者によれば近年ではアフリカの気候変動はもっと遅く、人類が二足歩行を始めたのはもっと早い時期であると考えられているということです。つまり人類の祖先もまた、ウーキーと同じく豊かな森林で暮らしていた頃から二足歩行をしていたということになるのです。
それに対する有力仮説が「妻子に食料を運ぶためだった」というのが面白い。特定のメスと交尾するようになったことでオスはパートナーとその子供たちのために多くの食料を確保する必要ができ、立ち上がって両手で食物を抱えるようになったのではないか、というわけです。
このように多くの考察を繰り広げる著者ですが、そんな彼女をもお手上げにさせたのがEP6に登場するイウォークです。ウーキーたちは樹上生活に適した逞しい骨格に長い手足、鋭い鉤爪を持ちますが、あのような「森のくまさん」はどのようにして森の衛星エンドアの樹上に登るというのでしょう? あのような短い指先でどうやって道具を作っているのでしょうか、あのような短い手足で火を起こしたりしたら鼻が焦げるのではないでしょうか・・・。
著者はコアラとチンパンジーなど比較的イウォークと近い体格の生物を比較対象としていますが、そのいずれの特徴も備わっていないのです。向かい合った手の指も、木にしっかり捕まるための長い手足または鉤爪も、または物をつかめる後ろ足もない・・・。ありとあらゆる「残念要素」を詰め込んだ彼らにはその道の専門家たちもお手上げ。某人類学者は「あれでは何に適応しているのかよくわからない」と嘆息する始末。あなたならどのように考えるでしょうか?
【第2章 ドロイド】
SWにおいて最も魅力的なキャラクター。それは人の手によって造られた物体でありながら何とも言えない愛嬌を持つドロイドたちではないでしょうか。あれら、いえ、彼または彼女らは、我らの文明からは計り知れない超ハイスペックな機能を持つに留まらず、どう考えても「感情」を持っているとしか思えない言動を繰り広げるのです。
本章では現実世界のロボット開発の課題と絡み合わせ、R2や3POのようなドロイドを造るのに必要と思われる諸技術への考察が展開します。内容としては「機動性」「知能」そして「感情」。
まずは「機動性」。R2は滑車のついた三本のアーム、3POは両脚を使ってそれぞれ滑走または歩行をしますが、そのいずれもが効率的な移動方法ではありません。R2の滑車はオフロードの前には無力であり、二足歩行は技術的難度と実用性のコスパが合いません。
そこで最も有力な候補が六本脚での移動となります。やはり実用性を追求しようとすると昆虫に行き着くのでしょうか。現実世界でもゴキブリをモデルとした昆虫型ロボットが実用化されており、その機動力を活かして活火山の調査や原発の清掃作業などに活用されているということです
なんにせよ本来であれば非合理であるはずのR2&3POコンビですが、R2は「アストロメク・ドロイド」であることから、本来ならばXウイングのような単座機、またはより大型の宇宙船に設置されてその整備やナビゲーションを行うのが主目的であるのでそもそも機動力にバロメーターが振られていないのは納得です。
そして3POもまた「ヒューマン・サイボーグ・リレーションズ」を主目的とする「プロトコル・ドロイド」です。つまり人と人、人と機械、機械と機械の関係を取り持つ通訳・外交ドロイドなのですね。ならば六本脚の昆虫型ドロイドであるよりも、機動性を犠牲にしてでも人間的なデザインにした方がコミュニケーションの取りやすさという点で合理的というわけです。
つまり二人とも「移動」することが重視される仕事ではないということになります。二人の共通点は「頭脳労働者」ということであり、思えばあの二人が醸し出す笑いは、本来頭脳労働者であるはずの存在が無理やり肉体労働させられて右往左往しているという可笑しみにあるのかもしれません。
そしてR2には膨大な種類のテクノロジーや宙図その他諸々のイン&アウトプットが必要であり、3POもまた600万に及ぶ言語や膨大な数の文化圏の礼儀作法その他諸々のイン&アウトプットが必要です。しかも求めに応じて受動的に行うのではなく、必要に応じて能動的に。そして能動的なアウトプットを行うには高度な「知能」が要求されるはずです。機動性に続く知能への考察では、人工知能つまりAI開発についてが語られます。
本章で紹介されるのは特定の知識を特定のルールに沿って運用するル―ルベース・システム。チェスや将棋においてプロをも負かすAIはこのシステムによって造り上げられたそうですが、著者は医療ドロイド2‐1Bがこのルールベース・システムによって構築されてるのではないかと考察します。
しかし他分野への融通の一切利かない「専門バカ」を造るに留まるこのシステムでは、良くも悪くも柔軟な行動力を持つ二人のようなドロイドを造り出すことは不可能でしょう。続いて紹介されるのは事例ベース推論。ありとあらゆる常識やシチュエーションをインプットすることで類推を可能にするもので、ある程度は二人の行動を説明できるでしょう。
しかし本章でもっとも大きくフィーチャーされるのは、ニューラル・ネットワークというシステム。なんと一千億の神経細胞から成る人間の脳を人工的に再現しようという試みであり、これを用いればそのAIは「学習」することが可能になり、「思考」することすら可能になるというのです。
しかしいくら高度な知能を持ってても、周囲を知覚できなければお話になりません。人間でいう「五感」を持たせる必要も出てきます。問題山積みという感じのR2&3PO再現計画ですが、もっとも大きな問題は、彼らが明らかに「感情」を持っているという点でしょう。果たして彼らの感情は単に観客に親近感を抱かせるための「擬人化」という大人の事情によってつくられた設定に過ぎないのでしょうか?
だいたいロボットを造る目的の一つって、人間みたいに感情的になることなく冷静に緻密に精確に仕事をさせることにあるはずです。「感情的」という言葉が主に否定的なニュアンスで使われるように、感情とは理性の邪魔をするものとして、または理性という善に対する悪として扱われます。しかし本当に感情とは正しい判断を阻害する邪魔者なのでしょうか? ならば人類はこれほど知能を発達させてなお、感情とオサラバできないのでしょうか? 本章で印象的なのは以下の一文。
(中略)実際に脳が働くとき、ほとんどの場合、新皮質と大脳辺縁系、つまり論理と感情が、両方とも関わっているということがしだいに明らかになってきた。二つのシステムは、からみ合い、絶え間なく情報をやり取りしながら協調して働く。感情が理性に”割り込む”のではない。感情は理性にとって不可欠なものだったのである。
人間がまったく感情と無縁に判断を行えるのは、単純作業に限られるのだと言います。感情は物事の優先順位を決め、それをどの程度急いで行う必要があるかを判断し、不必要なことで迷い続けることは馬鹿馬鹿しいと判断し、失敗したことを恥と捉えてそれを繰り返すことを避けようとさせる、立派に「推論機能の不可欠な構成要素」であるというのです。
著者はSW銀河のドロイドたちは恐怖や嫌悪感から身を守るために、しばしば自己中心的な振る舞いに走ったり、自分の意見や信念を枉げるといったかなり「人間的」言動に走ることそ指摘しています。例えばチューイーをデジャリクで負かそうとしいてたにも関わらずハンの脅しに屈してワザと負けることを選んだ3POのように。
そういった3POの人間臭さこそが、託された任務を達成するための重要な要素なのだと著者は言います。3POは、人間がドロイドに対して鈍感で無神経なのを憤る反面、自分自身もまた人間に対して鈍感で無神経な面があります。そして何よりも自分の身の安全を第一に考える臆病者でさえあります。しかし、そのような感情に由来した「自己中さ」がなければ自分の身を守ることも出来ず、結果託された任務を果たすことも出来ないのです。
もし、3POが、自分自身の感覚よりも他者の感覚に重きを置いていたら、他者を喜ばせようとするだけで時間が過ぎてしまう。それでは本来の目標や責務に集中することができない。
本来「召使い」たるロボットが「主人」たる人間へ抵抗や反発をするという価値観の転倒がもたらす可笑しみ。しかし身の安全、つまり任務達成への道が脅かされるや否やあっさりと優先順位を切り替えてしまう臆病で軽薄に見えるほどのしたたかさ。それらこそがSW屈指のコメディリリーフC‐3POの面白さの源泉なのかもしれません。
そんな人間臭さ丸出しの3POと対比されるのが、かのグランドモフ・ターキンだというのが面白い。反乱軍がデス・スターの弱点を突こうとしているのではないかと部下が指摘するのも聞かず、ひたすら「反乱軍は無力」という判断に固執し続けたことで、自分の命ごと莫大なコストをかけた超重要兵器を宇宙の藻屑にしてしまったのは弁解不可能な「無能」であるというわけです。
【第3章 スターシップ】
SW銀河を旅するうえでもっとも不可欠かつ印象深いのはなんといってもハイパースペース航法でしょう。本章で著者が言及するのは「ワームホールの利用」「宇宙船前後の空間収縮」「別次元への移動」の三つの仮説ですが、もっとも公式設定に近いのは「別次元への移動」でしょう。
「超弦理論」なる理論に基づけば、宇宙は10次元で構成されており、私たちが意識できる縦×横×高さ×時間の四次元空間に加えて更なる付加的次元が存在しうるというのです。これともう一つ、無の空間も実は「量子的揺らぎ」によって僅かなエネルギーを生み出しうるという概念は、次章で論じられるフォースについての考察にも登場することになります。この辺りは流石に高度な理論が登場することでなかなか飲み込みにくいところではありますが、そこは素直に措くとして、一つ興味深い考察をご紹介しておきましょう。
本章には超微小かつ超不安定なワームホールを安定させ得る物質として「負の質量」つまり反重力を持つ「エキゾチック・マター」の存在が仮定されています。それを活用できれば重力を歪ませて敵のブラスターの弾道を反らせることもできるだろうと書かれてるのですが、このアイデアは本書出版後に登場するユージャン・ヴォングが駆るコーラル・スキッパーの防御機構ドヴィン・ベイサルと同じものでしょう。著者によれば我らの世界では「理論上存在し得る」に留まるこの物質も、SW銀河またはヴォングたちが育った銀河系ではごく普通に生成されているのかもしれません」
【第4章 フォース】
SWを語るうえで避けては通れない概念であるフォース。それはありとあらゆる場所に存在し、ありとあらゆるものを結びつける強力な力であり、SWを「SFファンタジー」に位置付ける最重要要素でしょう。
本書が執筆された時点では未だEP1すら公開されておらず、ということはミディ=クロリアンという設定にはまったく触れられていませんが、そもそも本章で扱われるのはミディ=クロリアンが媒介するという「フォースそのものの正体」についてなので、仮に本書が新三部作公開後に執筆されていたとしてもミディ=クロリアンには言及されなかったかも知れません。
まず明らかなフォースのモデルの一つとして挙げられるのは古代ギリシアに端を発する「エーテル」の概念でしょう。ありとあらゆる空間に存在し、あらゆるものに影響を与える「天の物質」とされていまながら現代ではその存在は否定されていますが、同じくあらゆる空間に存在するという物質「ニュートリノ」の存在が大きくフィーチャーされています。
しかし著者はもしもフォースの正体がニュートリノ、または前章で取り上げられた「量子的揺らぎ」にまつわるものであったとしてもひとつの大きな矛盾に突き当たると言います。もしもフォースがそういった類の「粒子」であるのなら、なぜジェダイは銀河で起こったことを瞬時にして察知しうるのか、というのです。例えば数光年先で起こったオルデランの破壊がニュートリノなどの粒子の揺らぎによってオビ=ワンが察知するにはそれ相応の時間がかかるはずです。
ジェダイの未来予知に関する考察に関連して、光より速い粒子タキオンの存在にも触れられますが、それにしても広大な銀河に瞬時に情報をもたらすことは不可能であろうというのです。本章では光年単位で遠く離れた物質が影響し合う可能性を説明する理論としてアインシュタインも頭を悩ませたという「EPRパラドックス」を紹介。ハイパースペース並みに高次元な議論の数々に私の頭は大いに湯気をあげたのでした。
SW中もっともオカルト色の強いフォースに関して、多くの人々は超能力という香ばしい言葉で説明を図りますが、著者の視点はいたって真摯なものです。
超能力の存在を決定づけるような実験もいまのところ出てきていない。しかし、議論の絶えない実験結果もいつの日か当然のこととして受け入れられる日が来るかもしれない。解明され、コントロールできるようになるかもしれない。ヨーダはそうなることを望むだろう。
地球上ではフォースのような力が存在する証拠は見つかっていないが、じつは現代の宇宙論を覆すような現象を観測しているのだということも充分考えられる。このような現象は実験場のミスやほかの要因によって説明づけられるのかもしれない。しかし、量子の世界で何が起こっているのかは描写できるが、なぜ、どのように起こっているのかはいまだ説明できていないのだ。
というわけで、本書は現状の科学ではありえないことであるという理由を以ってその不合理を嘲笑うことなく、飽くまでも「もしかしたら起こり得るかもしれないこと」として考察を重ねて行く良書なのであります。
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