SWとは広大な銀河を舞台とした神話にも比すべき壮大な物語群ですが、銀河も神話もはじめから今に見るような姿を整えていたわけではありません。その原初の姿はどちらも多くの混沌が支配する、きわめて不安定な様相を呈していたことでしょう。そして長い年月をかけて多くの生成と破壊、融合と消失を経て、今見る姿へと変化していったことでしょう。
それはSWという物語そのものにも当てはまります。かつてはルーカス・フィルム、今ではディズニーによる監修のもと拡張されつつ整備されて行き、これからも広がり行くであろうSWユニバースですが、その原初には多くの混沌と混迷に充ちた諸設定や諸作品が生み出されもしたのでした。本作「ジェダイ・プリンス」シリーズはそもそも児童書ということもあり、稚拙なストーリー展開、今やまったく顧みられることのない迷設定の数々などで読み手を惑乱させ、マトモなのは御大ドゥルー・ストゥルーザンによる表紙カバーアートぐらいのものという駄作珍作の類ではありますが、SWユニバース構築の歴史に思いを馳せるならば、例えば遥か太古の昔、その成立過程で忘れ去られた原初神話の一エピソードを読むかのように、妖しく鈍い輝きを感じることもできるでしょう。
特徴と難点
物語は皇帝パルパティーンの息子を詐称するトライオクユーラスが、帝国の実権を握る「グランド・モフ中央委員会」の推挙を受けて新皇帝に名乗りを上げたことに端を発します。しかし帝国内に大きな影響力を持つもう一つの集団「暗黒面の預言者」の首領カダーンは「ダース・ベイダーの手袋を持つ者が次期皇帝となる」という予言を盾に彼の皇帝即位に難色を示します。
トライオクユーラスたちは自らの帝位を盤石とするため「不滅のもの」として作られたがために〈デス・スター〉の爆発にも耐えて銀河のどこかで帝国の後継者を待ち続けているとされる「ダース・ベイダーの手袋」を探し求め、一連の情報を耳にしたルークら反乱同盟軍の一行も新たに創設された惑星間情報ネットワーク(通称SPIN)と連携しつつ行動を開始するのでした。
物語はかつて映画作品にも登場したお馴染みの惑星や、かつてジェダイたちによってつくられながら今では忘れ去られた「ジェダイの都」等を舞台とし、そこで多くのドロイドたちに守られながら暮らすジェダイの王子ケン、パルパティーンの実の息子にして冷酷無比の帝国軍にすら「帝国を破壊しかねない精神異常者」として恐れられ幽閉されているトライクロップス、息子ジャバを殺害したレイアに復讐を誓うゾルバ・ザ・ハットといった登場人物らを迎えて全6作に渡って繰り広げられます。
面白いのは皇帝の死後、四分五裂の帝国各地で覇を競った勢力の一つに軍事力を恃みとしない預言者集団が存在したという設定でしょう。「暗黒の預言者」と名乗る彼らは暗黒面を通して未来を見通す能力を持ち、彼らがもたらす預言は帝国の行く末を左右し得るほどの大きな影響力を持っていたというのです。本来であれば帝国の中枢を担うべきグランド・モフたちが推挙した新皇帝すら彼らの承認と祝福がなければ公式に即位が認められなかったという点でその影響力の強さは自明であり、まるで日本史における朝廷と幕府、西洋史における教会と神聖ローマ帝国のような対立関係が本シリーズの見どころと言えば見どころと言えるでしょう。
また、ジェダイの王子として出自が謎に包まれていたケンも物語後半でパルパティーンの孫という遥か未来に制作されるEP9もびっくりな出生の秘密に驚愕し、自らの呪われた血に絶望しながらも同じく「ベイダーの息子」という十字架を背負うルークによって諭され、「すべては血ではなく選択と行いによって決まる」というSWを通底するテーマを何気にしっかりなぞっていたりと実はけっこう侮れない側面をも併せ持っているのです。
しかし忘れてはならないことには本シリーズの世界観はごく狭く、展開も甚だご都合主義的。永遠の一匹狼ハン・ソロもその性格は大いに漂白されており皮肉な側面のほとんどないヒーロー然とした頼りになるお兄さんと化し、また同盟軍も帝国も「組織」であることを忘れさせるほど気軽に現場にやってきてはドンパチに参戦する新皇帝やグランド・モフら重要人物たちの軽すぎるフットワーク、打ち切りを思わせるあまりにも唐突な幕切れ、徐々に熱を失って行くように見える巻末解説etc…いわゆる「ツッコミどころ」を挙げれば分厚いリストが作れそうな作品のため、飽くまで「児童書」であると割り切って読むことをお勧めします。
そんな難点だらけと言っても過言ではない本シリーズはSWユニバースの系譜を大きく逸脱する「放蕩息子」と呼んでも差し支えない異端的作品ではありますが、アメリカ版ウーキーペディアに拠ればかつてこの「放蕩息子」を何とかSWユニバース内に受け入れようと多くの補完設定が為されてきたようです。
例えば本シリーズはレイアが子どもたちに聞かせるおとぎ話として再編成された物語である。例えばトライクロップスは生命創造にまつわるパルパティーンの実験の結果生まれた存在である。例えば「暗黒の預言者」たちはかつてエンドアの敗戦を予言してパルパティーンに遠ざけられた一団であり、本シリーズに登場するのはその名を騙る偽団体であったect…もはや日本人ファンにとって真相は未邦訳情報の水底の彼方とはいえ、そこにSWファンおよびクリエイターたちの熱意を感じ取ることも可能でしょう。
というわけで調理のしようによっては(?)面白くなるかもしれない本シリーズの概要を以下に列記しておきます。
第1作「帝国の復活」
エンドアの戦いから約1年。パルパティーンの息子として新皇帝に名乗りを上げた惑星ケッセルの支配者トライオクユーラスはグランド・モフ中央委員会を後ろ盾に権力の象徴となる「ダース・ベイダーの手袋」を求めて銀河に手を伸ばす。
主舞台となるのはアクバー提督の故郷モン・カラマリ。当地では帝国による希少な海洋生物ホエーラドン乱獲が問題となっておりアクバーとルークは共にその阻止に赴く。しかしその海底には〈デス・スター〉の残骸とともにトライオクユーラスが血眼で探し求めるダース・ベイダーの手袋が眠っていたのだった・・・。
第2作「ジェダイの遺産」
ルークは亡き師オビ=ワンの導きによって一人の少年と出会う。彼こそは今では忘れられた「ジェダイの都」に暮らす「ジェダイの王子」ケンであった。一方首尾よくダース・ベイダーの手袋を手に入れたことで正式に新皇帝として即位したトライオクユーラスは更なる予言に胸を騒がせる。ジェダイの都に住むジェダイの王子を滅ぼさねば自らが破滅するというのだ・・・。
主舞台となるのはEP4でお馴染みのヤヴィン4。目的達成のためには手段を選ばぬトライオクユーラスは地表に広がる密林を焼き払い、その地下にあるというジェダイの都への出入り口を探し求める。しかし順調に見えた彼の身体を、ダース・ベイダーの手袋が思わぬ形で蝕み始めていた・・・。
第3作「ゾルバの復讐」
悪名高きギャング、ゾルバ・ザ・ハットは長きに渡った獄中生活から脱出し、愛する息子ジャバのもとへ向かう。しかし荒廃したジャバの領地でその死を知ったゾルバは怒りに我を忘れ、息子を手にかけたレイアへの復讐を誓う。一方ヤヴィン4で煮え湯を飲まされたトライオクユーラスもまた、ルークとケンに対して憎しみを滾らせその復讐に向けて動き出したのだった。
主舞台となるのはEP5でお馴染みの惑星べスピン。帝国の兵器濫造によって深刻な大気汚染に晒された当地の現状を憂う執政官のランドはどうにか現状を打破しようとするが、悪辣な手段によってゾルバにすべての身分をはく奪され、放逐されてしまう。新たにべスピンの支配者となったゾルバは復讐を果たすためお尋ね者となったケンの身柄確保に成功。同じくレイアの身柄を確保したトライオクユーラスと交渉のテーブルにつくのだが・・・。
第4作「運命の惑星」
同盟軍が本拠を置く惑星ダゴバに一隻の宇宙船が墜落した。乗っていたのは一人の考古学者で、故郷である惑星デュロでの帝国軍の横暴を訴え助けを求めてきたのだった。勇躍デュロに向かうルークたちだったが、そこで驚くべき人物と出会う。それはパルパティーンの実の息子トライクロップス。しかし彼は冷酷な帝国軍からすら「危険な異常者」として隔離されていた人物である。果たして彼はルークたちにとって新たなる脅威となってしまうのか?
主舞台となるのはデュロだが、もっとも印象深いのはヨーダの終の棲家であるダゴバ。映画本編で一面を沼地が覆う辺境の地として登場した当地には同盟軍の重要拠点が置かれ、その場所の名はなんとヨーダ山。ダゴバ・テックなる教育施設まで配置されており、意外な開発ぶりが伺える。本作においても帝国の「環境破壊」は健在で、デュロを廃棄物処理場として汚染した挙げ句、考古学者らを酷使して各種文化財や貴重な遺物を略奪して行く悪辣ぶりである。
第5作「帝国の女王」
冒険を通じて昂る愛を抑えきれぬハンはレイアを連れて駆け落ちの旅へ出た。向かう先は銀河一の娯楽施設と名高いホログラム・ファンワールド。ひとときの休暇を愉しむ二人だったが、ゾルバのスパイによってレイアが拉致されてしまう。手がかりをもとにタトゥイーンへ向かうハンたちは、いまにもサルラックの餌食にされようとするレイアの救出に奮闘する。しかし自らを陥れたゾルバへの復讐、そして一目ぼれしたレイアを帝国の女王とする野望に燃えるトライオクユーラス率いる帝国軍も姿を現し、戦いは三つ巴の様相を呈するのだった。
主舞台となるのは本作オリジナルの娯楽施設ホログラム・ファンワールド。べスピンを追い出されたランドがたくましくも立ち上げた人気施設であるが、その盛況ぶりが商売敵ゾルバの敵意を買って再び事件に巻き込まれて行くこととなる。
第6作「暗黒の預言者」
同盟軍が極秘裏に進行していた「囮作戦」によってトライオクユーラスは亡き者となった。本性を現した「暗黒の預言者」の首領カダーンは自ら新皇帝に名乗りを上げ、ゾルバの協力を得て次々とグランド・モフたちを粛清して行く。邪魔者を一掃したカダーンの目的はあとひとつ、同盟軍の徹底的な潰滅である。すべてのカギを握るジェダイの都の情報を手中にすべく策謀をめぐらすカダーンはその場所を知るケンを捕えて巧みな誘導で彼の心を動かし、まんまとジェダイの都への侵入に成功したのだった。
主舞台となるのはオリジナル惑星アルシッド。シリーズ最終作となる本作だが特に盛り上がりはない。前5作に渡って物語の原動力となったグランド・モフ中央委員会の面々が次々と粛清されて行くが頭目であるヒッサ以外とりわけ活躍も特徴もないため印象に残らず、帝国の黒幕たるカダーンもこれといった凄みや迫力はなし。物語も尻切れトンボな印象を拭えず、ケンの呪われた血筋に対する心の整理と急遽脱走したまま行方知れずとなってしまった父トライクロップスとの関係構築など、はっきり言ってここへきて初めて面白さを期待できるトピックが出てきたにも関わらず、ほとんど手つかずで幕を閉じてしまったというのが正直な感想。
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