銀河共和国末期。日々泥沼の様相を呈するクローン戦争の長期化は人々を疑心暗鬼と相互不信の虜へと変貌させて行きました。
それは紛れもなくすべてを裏で操るシス卿パルパティーンの謀略が目指すものに他なりませんでした。彼はその恐るべき邪知暴虐によって人々の心を不安の糸で絡め捕り、やがて自分自身が解放者となって絶対権力を握ること。広大な銀河のほとんどを巻き込み無数の人々の命を奪いその生活を破壊したクローン戦争はまさにそのためだけに引き起こされたと言っても過言ではありませんでした。
しかしたった一人だけ、その恐るべき謀略から人々を守り得たかもしれない稀有な人物が存在していました。それは当時もっとも偉大なジェダイとされたヨーダでもなければ、もっとも強い剣士とされたメイス・ウィンドゥでもなければ、選ばれし者としてもっとも将来を嘱望されたアナキン・スカイウォーカーでもなく、その師オビ=ワン・ケノービです。
しかし未だヨーダほど偉大とは言い難く、メイスほどの強靭さもなく、アナキンほどの潜在能力に恵まれていたわけでもなかったであろうオビ=ワンのどこに、そのような可能性があったのでしょうか? 本記事では主にエピソード3『シスの復讐』をテキストとして、映画とノベライズ両面から見える景色を手掛かりに考察を進めてみたいと思います。
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オビ=ワン・ケノービの可能性
共和国の崩壊を描く『シスの復讐』当時、不信の蜘蛛の巣に絡め捕られていたのは大きくこの三者に分けることができるでしょう。ベイル・オーガナやモン・モスマ、そしてパドメ・アミダラらを中心とする「元老院良識派」と呼んでも良い面々、ヨーダやメイス・ウィンドゥを筆頭とするジェダイ評議会、そしてジェダイ評議会に対する不満を鬱積させ、日々パルパティーンへの傾倒を強めて行くアナキン・スカイウォーカー。
元老院の不信と信頼
戦争の泥沼化に呼応して無制限に権力を拡張して行く最高議長の存在は、民主主義を標榜し権力者におもねることを良しとしない良識的な元老院議員たちに非常に大きな危機意識を芽生えさせました。このままでは、否、現状でも十二分に、この「最高議長」は「独裁者」となってしまう。そして「銀河の守護者・調停者」であったはずのジェダイ騎士団ですらも長引く戦争を最高議長とともに戦い続けるうちに徐々に軍事・政治勢力然とした色彩を帯び始めている。
最高議長とジェダイ騎士団という共和国の象徴ともいうべき存在への不信に駆られた彼らは水面下での抵抗運動を始動させるに及び、やがて反乱同盟軍結成に至る歴史の新たな一幕がひそやかに始まったのでした。
既成権力と権威すべてに背を向けかねないこの決心を分かち合った議員たちは、たとえ家族や親友といったもっとも近しい人々にもその経緯を隠すことを誓いますが、パドメはもっとも信頼できる存在にならばそれを打ち明けても良いのではないかという思いに駆られます。
しかし彼女が「もっとも信頼できる存在」として思い起こしたのは、夫であるアナキンではなくその師であるオビ=ワンでした。アナキンは微妙な政治向きの話をするには不適であり、なによりも渦中の人である最高議長とあまりにも親密すぎるのです。
ジェダイ騎士団の大勢と異なり非政治的かつ穏健でバランスの取れた人格の持ち主であるオビ=ワンにならば、この危険極まりない計画に対する相談や助言を求められるのではないかと彼女は思うのですが、その思いは同時に「夫を信頼しきれない心」に気付くことでもあり、彼女の胸にアナキンに対する罪悪感が芽生えて行くことになります。
ジェダイの不信と信頼
これほどまでにパドメからの信頼を寄せられたオビ=ワンの人格は、ジェダイ騎士団内部においても遺憾なく発揮されます。元老院良識派と同じく無尽蔵に権力を増して行く最高議長にジェダイ騎士団の統制までも侵害される恐れ、そして元老院で隠然たる勢力を持つとされるシス卿ダース・シディアスの存在に不安を隠し切れない評議会は、メイス・ウィンドゥを中心に最高議長排斥と元老院統制をも視野に入れるべしとする意見が醸成されて行きます。
ノベライズ版ではヨーダに代表される穏健派とメイスに代表される強硬派の対立とでも言うべきものが描写され、とくに他作品でも著しい「ジェダイの変質」について思いを深くさせます。とくに印象的なのはメイスが密かに抱く「文明への愛」への言及でしょう。無秩序や混沌がもたらす悲惨を知るジェダイであるメイスは、銀河に秩序と平和をもたらし得るのは「文明」の確立のみであり、その文明を担保できる唯一の存在として共和国を愛し、それを私物化せんとする最高議長や謎のシス卿に対する怒りを抑えきれないでいるのです。
しかし彼の説くことがジェダイとしてあるまじきことであり、暗黒面に近づくだけでなくやがて人々の信頼を失い破滅をもたらす原因となるというヨーダの指摘は言うまでもなく穏当なものながら、あくまでもフォースの意志を尊重しようとするヨーダの態度もまた、目の前で悲惨が巻き起こっている状況にあってはあまりに悠長な意見と映ったことでしょう。
やがてオーダー66の引き金となるジェダイによる最高議長暗殺未遂へと至る不穏な対立を前に、オビ=ワンはジェダイとしての確かな実力と穏健な人格によって両者を仲裁することのできたほぼ唯一のジェダイだったのではないでしょうか。日々頑なさを増して行くかのような急進派メイスでさえも、オビ=ワンの言葉には耳を貸したのでした。
アナキンの不信と信頼
そしてアナキンに対するオビ=ワンへの信頼は言うまでもないことでしょう。しかし入団当時から続く徹底を欠いた処遇によって、彼のジェダイ騎士団そのものに対する不信の感情はもはや限界突破の域に達しようとしていたのでした。最後の一手となったのは史上最年少でのジェダイ評議員任命という、一見このうえない名誉から始まります。なぜならそれは彼を取り巻く友情を利用した二重スパイという、ジェダイ以前に人として恥ずべき任務のはじまりであったからです。
事の発端は最高議長による評議会への圧力でした。自らの代理人となってほしいという敬愛するパルパティーンの意を受けたアナキンは彼の後押しで評議会入りを果たしますが、彼が得たのはまったく不平等というしかない権利に過ぎませんでした。他の評議員たちと同じく「ジェダイマスター」の地位を与えないことに加えて、ノベライズ版では議決に際しての投票権を認めないという条件にも言及されており、いわば評議会はアナキンを「最高議長の傀儡」として処遇すると宣言したようなものなのです。
これは『ファントム・メナス』から続く評議会のアナキンに対する不徹底な処遇の継続を物語っています。そもそも生後六か月以内に入団させるべしという戒律に触れるのならば、そして彼の母への思いを危険視するのならば受け入れを拒否すればよかったにも関わらず「選ばれし者」という潜在能力を期待して受け入れ、本作でもまた最高議長の横紙破りを問題視するならば評議会への受け入れを拒否するべきところを議長へのスパイとして活用する目的で受け入れ、しかし受け入れた以上信頼すべきところをそれもせず、ヨーダは「予言が間違いである可能性も…」と漏らし、メイス・ウィンドゥに至っては「彼は信頼できない」と断言する始末です。
評議会からの不信を突きつけられ続けたであろうアナキンが評議会を不信の目で見るのは必然でしょう。もはや自分がジェダイに留まり続ける意味すら見出しかねたアナキンは、妻パドメの死という恐ろしい予知夢を前に藁にもすがる思いで持ちかけた相談に対するヨーダの何の説得力も持たない返答に際していよいよジェダイに対する幻滅を極めたのではないでしょうか。
しかしそんなアナキンに残されたジェダイに対する最後の信頼はオビ=ワンに向けられたものでした。思い悩む彼はその都度「オビ=ワンがそばにいてくれたら…」という思いに駆られることになります。もはやあとはシス卿の手の上に落ちるだけとなった感のあるアナキンをジェダイの側に引き止め得たのは、長年に渡る絆で結ばれた師であり友であるオビ=ワンだけとなったのでした。
歴史のIFと「ノーリターン・ポイント」
これほどまでに銀河史のプレイヤーたちから信頼を寄せられていたオビ=ワンは、もしかするとその後の銀河史の流れそのものを変え得るポテンシャルを秘めていたのではないでしょうか? 以下はもはや妄想の域とはいえ、もしもパドメが最高議長に関する懸念と元老院内の動きを相談していれば、パルパティーンへの不信と危惧という点では利害を共有する元老院良識派とジェダイ騎士団はもっと早い段階で協力関係を築くことができ、またオビ=ワンとの絆によって辛うじてジェダイに留まったアナキンの存在も加味して、パルパティーンによる独裁政権樹立をも防ぎ得たというまったくの「歴史のIF」を思い描くことも可能とは言えないでしょうか?
〈インヴィジブル・ハンド〉の真意
このように考えれば、当時のパルパティーンにとって自らの野望達成の前に立ちはだかる最大の障壁はグランドマスターと尊称されたヨーダでもなく、最強の剣士と謳われたメイスでもなく、人々を疑心暗鬼の闇から引き出してしまいかねないオビ=ワンだったのではないでしょうか?
ならば『シスの復讐』冒頭で展開する〈インヴィジブル・ハンド〉での議長救出計画の真の目的は、アナキンの暗黒面への傾倒をより決定的にすることと並んでオビ=ワンを抹殺することにあったのではないでしょうか。
しかしその目的はアナキンが彼に抱く強い絆によってあえなく失敗しました。しかし「最高のチャンスは敵が恵んでくれる」という格言を証明するように、他ならぬジェダイ評議会の方が最大級の悪手を売ってしまうことになるのです。
”サクリファイス”
それがグリーヴァス将軍討伐のためのウータパウへの派遣。まるで自陣の駒を犠牲に敵陣のもっとも厄介な駒をどかすチェスの技術サクリファイスと同じく、パルパティーンもまたグリーヴァスという駒を犠牲にすることでオビ=ワンというもっとも邪魔な駒を「どかす」ことに成功したのでした。
しかしジェダイ評議会も単なる浅慮でオビ=ワンを遠く離れたウータパウへと「どかされた」のではありません。ノベライズによれば謎の黒幕ダース・シディアスの存在にしびれを切らした評議会はそのおびき出しを図り、ジェダイの重鎮たちを敢えて外地へ送り出すことによってシス卿が尻尾を出すことを期待し、それによってヨーダはキャッシークへ、そしてオビ=ワンはウータパウへと派遣されて行ったのでした。
そして彼らの留守中についにシス卿が現われたとしても、首都には最強の剣士メイスと「選ばれし者」アナキンがいる。それはいわば評議会のアナキンに対するなけなしの信頼の表明といえるものでしたが、そもそも関係性の構築のできていないアナキンにはそのような意図が通じるはずもなく、なぜ情報提供者の自分ではなくオビ=ワンが派遣されるのかという更なる不満と不信を積み上げただけというまったくの悪手となってしまったのでした。
というわけでまさに敵が恵んでくれた最高のチャンスを活かす形となったパルパティーンはついにアナキンに対して最終的なアプローチを敢行し、歴史は私たちが知るものへと雪崩を打って進んで行ったのでした。
オビ=ワン・ケノービの限界
師と弟子
戦禍の混沌に喘ぐ時代にあっては非常に貴重な「人々からの信頼」を寄せられていたオビ=ワンの人徳の源が何度も繰り返すように非政治的かつ穏健でバランスの取れた人格であり、それは彼が長年に渡って積み上げてきたジェダイとしての人格陶冶の賜物であることは論を俟たないでしょう。しかし彼を信頼に足る人物に育て上げた「ジェダイであること」が、同時に彼の限界をも決めてしまったのではないでしょうか。
アナキンはオビ=ワンを信頼しつつも「彼がクワイ=ガンのようだったら…」という思いを消すことができませんでした。確かにオビ=ワンはその師クワイ=ガンと比べてまったく真逆のジェダイであったと言えるでしょう。クワイ=ガンは自らが正しいと思ったことのためなら評議会との衝突も辞さない異端的ジェダイであり、片やオビ=ワンは最終的には評議会の意向に逆らうことのできない正統的なジェダイです。
実際アナキンへのスパイ任務が決定された際も「我々はアナキンを裏切った」「私かパルパティーンか選ばせるようなことはさせないでほしい」と難色を示しつつも最終的には賛同してしまいます。もしもこれがクワイ=ガンであったなら、そのようなアナキンへの処遇には断固反対し、どこまでも評議会と戦ったであろうと想像されます。
そしてそのようなジェダイとしての矩を越える横紙破りができない正統性こそがオビ=ワンの限界であり、「ジェダイには許されない感情」によって懊悩するアナキンが、最後の最後までオビ=ワンに助けを求めることができなかった致命的な要因であるのです。
しかしオビ=ワンは本当にジェダイ自身がそう自己規定しているように「愛」を否定する非人間的存在なのでしょうか? 答えはまったくのノー。それは彼が、否、彼ら以外のジェダイたちもが陥っていた、ジェダイであるがゆえのマインドロックに過ぎなかったのです。
ジェダイはそれを、世界はそれを、
ノベライズ版ではグリーヴァス討伐に向かう直前のオビ=ワンがパドメのもとを訪ねるシーンが存在します。そしてアナキンを追い詰めている評議会の一員であることの自責の念に苛まれるオビ=ワンは、パドメにすべてを打ち明けるのでした。
二人の仲に気付いていたこと。
それに対してなにも言えず、何もできなかったこと。
アナキンがしあわせならそれでよかったこと。
もはや自分にでいることは何もないこと。
どうか彼を助けてやってほしいこと。
自らの思いを切々と述べるオビ=ワンに向かってパドメはただ一言、言うのでした。
「あなたも彼を愛しているんでしょう?」
これはジェダイが抱える宿痾を突く非常に重要な台詞と言えるでしょう。なぜなら一般に「ジェダイは愛してはならない」と理解される彼らの戒律ですが、実際には思いやりや慈しみと言った紛れもない「愛」に根ざした感情を行動規範にしていることは明らかです。彼らは厳密には「愛」から派生する「執着」を禁じているのですが、およそこの世に「愛」と「執着」を明確に判別できる者など存在しないでしょう。
やがて彼らはその判別を諦め、執着を派生させる愛という感情そのものまでも否定するという迷妄に陥り、その矛盾は光に仕え正しき者として在るはずの彼らに滅亡を約束する時限爆弾となってその教理に埋め込まれたのです。
オビ=ワンも、否、ジェダイたちも皆、アナキンと同じく愛を抱きながら生きていたという点では同じだったのです。ただそれを正確に認知していたか、いなかったかという一点を除いて。
そこに想いを馳せれば、ムスタファ―の決闘後のオビ=ワンによる「弟だと思っていた…愛していた…」という告白により一層の悲壮感を感じることができるでしょう。もう少し早くそれに気づいていれば、もう少し早くそれを伝えていれば、彼ら二人の関係は大きくことなるものへとなり得ていたことでしょう。
「愛」をめぐるジェダイの錯誤。それが歴史を変え得たオビ=ワン・ケノービという男の可能性と限界であり、ジェダイであるがゆえに信頼を集め、しかしジェダイであるがゆえに信頼に応えることができなかったという彼の悲劇性を決定するものでもあったのではないでしょうか。
参考資料
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