どれほど高尚な理想を掲げ、どれほど優れた人々が治める組織であったとしても、社会に生きるすべての人々を救い守ることなど不可能でしょう。かつての銀河共和国もそうであり、ジェダイ騎士団でさえもそうでした。救済の手から零れ落ちた人々の怒り憎しみ悲しみは社会の片隅で澱となってよどみ、やがて社会不安の温床として多くの人々を慄かせます。
憎むべき銀河帝国の支配を終わらせ自由と民主主義の復活を謳う新共和国もまた例外ではあり得ません。多くの人々が圧制から解き放たれた事実と同じく、その過程で踏みにじられた人々、無視された人々の怒りと憎しみと悲しみが、多くの人々に気づかれぬまま次なる動乱への導火線となって行くのです。
あらすじ
帝国の影
もと帝国領の人々を政界に迎え入れるか否か。
エンドアの戦いから１３年を経て盤石を迎えた新共和国は新たなる問題に直面していました。かつて指導層に属した人々は論外として、単に帝国時代その支配に甘んじていたというだけの理由で多くの人々が政界から遠ざけられているのは不合理であるとして議論が重ねられた末のこの決断は、自由と民主主義の復活を謳い、銀河の統合を標榜する新共和国としてはいずれ行わねばならない決断だったでしょう。
しかし人生の大半を帝国との戦いに捧げ、多くの人々に犠牲を強い、自らも多くの血を流してきた元首レイアにとってそれは容易に支持しかねるものでした。信頼する古参議員たちの間から垣間見える新参のもと帝国領出身の議員たちの顔は、冷静を以て任ずるレイアにさえ微妙な苛立ちを催させる存在だったのです。
そんな彼女を取り巻く環境はあまりに突然に変わってしまいます。元老院議場を狙った爆弾テロによって多くの古参議員たちが死傷。代わって台頭したもと帝国領出身議員たちは真相究明の名のもとに彼女の失脚を目論み、あろうことか彼女の夫にして新共和国の英雄ハン・ソロがテロ共謀者であるという「証拠」をもとに元首不信任の可決を要求したのでした。
果たして一連の事件はすべて復活を狙う帝国軍残党たちによる陰謀なのでしょうか？ であるならば、味方を奪われ敵陣に取り残された観のあるレイアはこの陰謀とどのように戦うのでしょうか？
過去の亡霊
一方ジェダイ騎士団再興に奔走するルークは事件の影にかつての弟子ブラキスの存在を感じ、彼との再会を求めて一人辺境の惑星へと旅立ちます。ブラキスはかつて優れた素質を持ちながら自らの内に巣食う暗黒面を克服することができず、絶望とともにルークのもとを去った脱落者の一人でした。
ルークにとって育成に失敗したジェダイ候補は彼一人ではありませんでしたが、ブラキスには特別な「枷」がありました。生まれながらの強いフォース感応力に目をつけた帝国によって物心つく以前に親元から連れ去られ、暗黒面の薫陶を受けたことでその心に大きな傷を負っていたからです。
ルークによるライトサイドの薫陶も彼の心の傷を癒すことはできず、期待を裏切られたブラキスはかつての師への恨みを胸に抱いたまま強大な闇の持ち主のもとへと身を寄せていたのでした。その者の名はクェラー。彼もまたルークが救うことのできなかった弟子の一人であり、彼こそが一連の事件の糸を引く人物であったのでした。
往年の皇帝を思わせるほど強力な暗黒面の使い手となったクェラーはかつての師ルークを圧倒。しかもこのダークジェダイは瞬時に数百万の命を奪い去る力をも持ち、全銀河の人々の命と引き換えにルークの屈服と新共和国の支配権明け渡しを要求するのでした。
アルメニアの怪人
かつて前途有望なジェダイ候補生として修行に励んでいた青年ドルフは故郷の惑星アルメニアを治める独裁者ジェイハーが行った無慈悲な虐殺によって家族を失います。しかも帝国時代にすら相手にされなかった辺境地アルメニアは新共和国時代においても無視同然の扱いを受けており、この独裁者に対する追及すら行われなかったのです。
愛する家族の無惨な死を前に心の平静を説くジェダイの生き方を捨て、故郷を見捨てた新共和国の大義に幻滅したドルフは以後故郷の伝説的将軍クェラーを名乗って反乱の狼煙を挙げ、見事ジェイハー政権を打倒。独裁者とその取り巻きを含む膨大な数の人々を虐殺し返すことで復讐を遂げたのでした。
しかしそのころには善良な青年ドルフの心は完全に暗黒面に染まり、目的達成のためには無数の虐殺をも厭わない冷酷無比な独裁者に ―まさにアナキン・スカイウォーカーがそうであったように― 自ら滅ぼすと誓ったものに自分がなり果ててしまっていたのでした。
ルークは奇しくもかつてのオビ＝ワンがそうであったように、導きに失敗したもと弟子を相手に戦うことを余儀なくされたのでした。そしてこれもまたかつてのオビ＝ワンと同じように、それは自らの過ちとの対峙であり、ただ相手を打ち倒すだけで解決する問題ではなかったのでした。
救われなかった者たち、忘れ去られた者たちの復讐を前に、ルークは彼らの心に渦巻く負の連鎖を断ち切ることができるのでしょうか？ かつて暗黒面の奴隷となった父を救ったように、暗黒面に囚われた弟子たちを救うことができるのでしょうか？
参考資料
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本シリーズの源流となる『スター・ウォーズ』作品に触れるには、ほぼ全作品を網羅したDisney+でのご視聴がもっとも効率的です。
脱線追記：暗黒面が救うもの
※以下は既読者に向けた雑感を語るものであり、多分に脱線的・ネタバレ的内容を含んでいますので未読の方はご注意ください。
いったいジェダイ流の「執着の放棄」は私たちにどれほどの説得力をもって迫って来るのでしょうか。私たちが大きな苦難を前に苦しみ、ときに心身のバランスを崩しながらも光の側に踏みとどまる、あるいは光へと帰還するジェダイたちの姿に触れるとき、偉大な英雄に対するカタルシスを感じることはできても、それを我がこととして共感することができる人間は存在するのでしょうか？
ありていに言えばジェダイの生き方なるものは理想論に過ぎず、多くの人々はジェダイに憧れることはできてもジェダイとして生きることなど不可能なのではないでしょうか？
You want the impossible.
（不可能を望んでるんだ）
かつて修行中のルークがヨーダ向かけた嘆きは真実であり、執着を捨ててあらゆるものを慈しみつつ常に感情のバランスをとりながら生きるなどということは深山幽谷に生きる仙人のような人物ででもなければ不可能であり、またそのような人物になったところで多くの人々の生きる現世に住まう場所など存在するわけはないのです。
Is the dark side stronger?
（ダークサイドのほうが強いのですか？）
No, no. Quicker, easier, more seductive.
（いや、そうではない。手軽で簡単で誘惑されやすいのじゃ。）
暗黒面とは安易な道。
スター・ウォーズに親しむ者にとってそれは自明の理であり、またスター・ウォーズなどというフィクションを離れた現実の世界においても負の感情に身を任せることは安易で破滅的な選択であるといいうことは論を俟ちません。しかしスター・ウォーズの世界において、そして何より私たちが生きる世界において、暗黒面に身を任せることを選ぶ人間は枚挙に暇がありません。
人々は、というより私たちは、なぜこれほどまで暗黒面の誘惑に心惹かれてしまうのでしょうか？
それは暗黒面のみが持つ「切実」への共感が、破滅の際まで追い詰められた人間を救い得るなにものかが存在するからではないでしょうか？ たとえば鎮静剤や向精神薬が強い依存性と引き換えに、限界まで追い詰められた人々の心身にしばしの癒しを与えるように。
愚かしく、嘆かわしい選択。しかし誰もが共感し、同情し得る選択。
本作の「悪役」であるクェラーとブラキスはともに心に深い傷を負い、それを自ら救うために暗黒面の力を手にしたという点でパルパティーンのように野心旺盛なシスや暗黒面の使い手たちと趣きを異にしています。かつて有望なジェダイ候補生であった彼らを暗黒面に向かって邁進させたのは銀河征服などといった飽くなき野心や欲望ではなく、悪意ある他者によって幼い頃から刷り込まれた闇の薫陶であり、愛する者を無惨な形で奪われたことに対する怒りと絶望だったのでした。
「ジェイハーはわたしの家族を虐殺したんだ。父や母はすぐには死ななかった。ジェイハーの宮殿に至る橋の袂にくくりつけられ、暑さの中で腐るまで野ざらしにされた。彼らは苦しみ抜いて一週間後に死んだ。（・・・）ジェイハーはわたしが見つけるまで死体を放置していた。それを見たときのわたしの気持ちは、あんたには想像もつかないだろうよ。自分を愛し、慈しんで育ててくれた両親が、焼けて朽ち果てた骸骨となり、恐ろしい臭気を放っていたんだ」
ドルフの味わった悲惨は決して彼だけが特別に体験したものではありません。師ルークもまた帝国軍の横暴によって愛する育ての親を無惨な形で殺害されているのです。
「想像する必要はない。おれにはわかる」少なくともおじとおばの変わり果てた姿を見たことで、自分がどう変わったかはわかっていた。あの出来事はルークを一瞬にして成長させ、彼は家族に死をもたらした邪悪と闘う道を選んだ。
あの出来事はルークを怪物には変えなかった。ドルフの苦痛は理解できるが、彼がそのあとで選んだ道は、ルークには理解できなかった。
愛する者を襲った悲惨によって怪物に変わり果てたドルフと英雄に成長したルークを分かつものはなんだったのでしょう。言うまでもなくそれは頼れる師と志を共にする仲間たちの存在、そして尽きぬ冒険の数々。それらが若きルークの成長を促したのである…などということは言うまでもないことですが、ではドルフには？
彼の師ルークには未だオビ＝ワンほどの老練さはなく、故郷アルメニアでともに戦った人々は彼と同じく独裁者に対する憎しみに凝り固まった人々であり、彼が歩んだであろう冒険の数々も大義よりは「復讐」を最終目標とするものであったことでしょう。彼を取り巻く環境にルークを取り巻いた理想や大義など薬にしたくもなくひたすらな闇が広がっていた感じですが、彼は確実に光ではなく闇によってその絶望を克服することに成功したのでした。
「（・・・）きみはクェラーでいる必要はない。クェラーはきみが狂わずに生き残るのを助けてくれた。だが、ずっと彼でいる必要はないんだ（・・・）」
ジェダイの教義において「バランス」を重視するのは真理という他はないでしょう。完全な善人であることも完全な悪人であることもできない中途半端な存在である人間は、ときに光によって救われ闇によって救われながらその心の遍歴を深めて行きます。
しかし片方に長くとどまり過ぎた人間はやがて感受性のバランスを失い、徐々に「人間」とはかけ離れた存在になって行きはしないでしょうか？ 闇にとどまり過ぎた者は「クェラー」となり、または「ベイダー」となって自らのトラウマを再生産することに血道をあげ、光にとどまり過ぎた者は闇に惹かれ堕ちて行く人間の切実を、つまり人間性の機微を解しない聖人君子へと変貌してしまうのではないでしょうか？ ヨーダら共和制末期のジェダイたちがそうだったように。そしてルークもまた。
強すぎる光が濃厚な影を作り出すというたとえ話がいみじくも示すように、ルーク・スカイウォーカーという偉大なる光は大いなる影を作り出さずにはおかないのかもしれません。カノンではカイロ・レンことベン・ソロが、レジェンズにおいてはクェラーことドルフが、その役割を担ったのかもしれません。
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